私はサッカー、バスケットボールを主に取材しているスポーツライターだ。一方で色々な競技、選手を楽しみたい食欲旺盛なスポーツファンで、野球なら高校も大学も社会人も一通り見る。
春と夏に行われる高校野球の甲子園大会、6月の全日本大学野球選手権(神宮球場/東京ドーム)に出場する選手はそこで見ればいい。ただ、「全国大会に出てこない逸材」を見るためには工夫と準備が必要だ。野球観戦を優先しすぎると、仕事や他の観戦に差し障るからだ。
ドラフト1位候補、愛知工業大学の中村優斗投手
2024年秋のプロ野球・ドラフト会議(新人選手選択会議)の1位候補の中に、まだ一度も見たことのない選手がいた。それは愛知工業大学(愛知大学野球連盟所属)でプレーする右腕・中村優斗(諫早農業高校出身)。
愛工大は1985年にエース西崎幸広(後に日本ハムなどで活躍)を擁して大学選手権準優勝を成し遂げていて、今は1991年のパ・リーグ首位打者となった、元千葉ロッテの平井光親監督が指揮を執っている。
もっとも大学野球選手権の出場権獲得は「春のリーグ戦優勝」が条件で、愛工大はその可能性が決して高いとは言えない状況。だから早いタイミングで、どうしても見ておきたかった。もっともメインの取材の隙間を突いて、予定を組む必要がある。愛知まで往復するとなれば、それなりの時間と費用もかかる。
実は3月下旬に組まれていた「愛知大学野球・関西六大学野球対抗戦」で愛工大を見る予定だった。しかし、雨天中止で見損なっていた。だが、4月8日のリーグ戦開幕前後だったと思うが、失意の私の目に嬉しいニュースが飛び込んでくる。それは「『パロマ瑞穂スタジアム』のスコアボードが新装され、スピードガンが設定された」という情報だった。
投手を本気で見たければ「ネット裏」に限る。それは球種、コースが分かる位置だからだ。初めて見る投手の球種は判別がなかなか難しい。専門家でも例えばチェンジアップとツーシーム、フォークの判別は至難だろう。
ただ、ボールの動きと「球速」を照らし合わせれば、球種を推測できる。プロ野球のスカウトのように自前のスピードガンがあればベターだが、残念ながらキロ表示の国産品は数十万円単位。しかも測定中は片手が塞がり、試合経過の入力ができない。なので、私はアマチュア野球を見に行くときに「スピードガンのある球場」を条件の1つにしている。
取材スケジュールの隙間を見つけて名古屋へ
愛知大学野球連盟の予定を慌ててチェックすると、「ここなら行ける」という隙間が1か所見つかった。それは4月27日の第1試合で、愛工大の対戦相手は名城大学だった。名城大も昨春の優勝チームで、プロに2名を送り出した強豪だから、そちらも見ておきたいチームだった。
各カードの初戦(1回戦)はエースが投げるので、普通に考えれば中村優斗は登板するはず。試合開始も9時30分だから、(早起きは必要だが)新幹線を使えば間に合う時間帯だ。こういう「絶妙の掛け持ちプラン」が見つかったとき、私の脳からは相当量のドーパミンが放出されているはずだ。それくらい気持ちよくスケジュールの「隙間」に観戦予定がハマった。
27日は静岡県の磐田で、Jリーグを取材する予定だった。キックオフは14時で、駅からの移動を考慮すると13時41分までに東海道線の御厨駅へ到着すればいい。そのためには、名古屋市営地下鉄の瑞穂運動場西駅12時12分発の桜通線に乗る必要があった。
大学野球は1試合平均2時間半で終わる。9時半開始なら12時前後が「標準終了時間」で、最後まで見られる保証はない。ただ「中村優斗を何とかして見たい」という気持ちが上回った。かくして私は4月7日朝、東京駅6時51分発の「のぞみ7号」に乗車し、西へと向かった。
直近の登板で右足を傷めたという報道があり、「もし先発が違ったら……」と一抹の不安もあったが、無事に中村優斗が先発。早起きと新幹線代が無駄になる惨事は免れた。
念願のピッチングを堪能、ジャストタイミングで試合が終了
中村優斗はまず投球練習の「音」から印象的だった。名城の先発・岩井天斗も150キロ台を計測した本格派だが、中村の速球はグラブを弾く捕球音が「パーン」と高音でよく響く。そしていざ試合が始まるとコンスタントに150キロ台を記録。この日の最速は155キロにとどまったが、試合の終盤まで球速が落ちなかった。