撮影はすべて秘匿状態で行われ、映画に参加したイラン出身者は全員亡命。イランでは上映不可のままだという。イラン出身のザーラ・アミール監督も、現在はイランから亡命してフランスを拠点としている。2022年にBBCの”100人の女性”に選出された影響力あるオピニオンリーダーであるザーラ・アミール監督は、作品内では俳優としてイラン代表監督のマルヤム・ガンバリを演じ、第36 回東京国際映画祭コンペティション部門の最優秀女優賞に輝いた。

イラン代表監督のマルヤム・ガンバリ役を演じたザーラ・アミール監督© 2023 Judo Production LLC. All Rights Reserved
そのザーラ・アミール監督は共同監督のイスラエル出身であるガイ・ナッティヴ監督と共に、以下の声明を発表している。
私たちは、芸術こそが雑音を切り裂く正義の声であると信じている。
ここ数十年、人々が実際に感じていることとは無関係に、イラン政府は国際的なイベントでイラン人とイスラエル人が対面しないようにあらゆる手段を講じてきた。それでも、私たちは道を見つけた。イスラエルのテルアビブや、イランのテヘランから2 時間の距離にあるジョージアのトビリシで、自由を求めて命をかける勇敢なイラン人アスリートたちの物語を伝えるために、私たちは力を合わせた。イスラエルとイランのアーティストたちは、お互いに兄弟姉妹関係を見出し、芸術、美学、映画を共有する中で、多くの共通点があり、実はとても近い存在であったことに気づいていった。
私たちは、芸術こそが雑音を切り裂く正義の声であると信じている。この映画で語ると決めたのは、システムや政府間の対立によって夢を諦めざるを得なかったり、時には祖国や愛する人の元を去らなければならなかったりした多くのアスリートやアーティストたちの物語だ。最終的には、人々の思いやりや協力が勝利するのだということを世界に示す映画を作ることができたと信じている。
この芸術的で映画的な合作が、盲目的な憎しみや相互破壊の狂乱を超えて、未来を共に築こうとする、アーティストやアスリート、そしてすべての人々への尊敬の印を込めた贈り物となりますように。
解禁された『TATAMI』ティザー予告編
既に解禁されているティザー予告編では、イラン初の金メダルを目指し世界柔道選手権に挑むイラン代表の女子柔道チームの入場シーンから。
試合前の殺気立ったレイラ・ホセイニ選手(アリエンヌ・マンディ)の姿は、メインビジュアルにも採用されていて、そのワンカットだけでも緊迫した会場の雰囲気が手に取るように見て取れる。
徐々に加速していく和太鼓のビートに合わせて、激しい試合風景、何者かに追われるコーチのマルヤム・ガンバリ(ザーラ・アミール)の姿、鏡に向かって感情を爆発させるレイラの姿が次々と映し出され、その音が最高潮に達した時、礼をするレイラの背後から”歴史に刻まれる一本”の文字が現れて画面を覆う。
パリオリンピック男女団体混合戦で銀メダルを獲得した、阿部 詩選手が初めて臨んだナレーションが入った『TATAMI』の日本版予告も見逃せない。

阿部 詩選手が初ナレーションに挑戦(写真は柔道グランドスラム東京2023)-Journal-ONE撮影
棄権を強要された選手が亡命してメダル獲得
東京オリンピック、柔道男子81キロ級にモンゴル代表として出場し銀メダルを獲得したサイード・モラエイ選手はイラン出身。イラン有数の強豪選手だったモラエイ選手が、亡命してモンゴル国籍を取得してモンゴル代表選手として悲願のメダル獲得を果たした。
この亡命の原因が、『TATAMI』のストーリーのもととなった出来事。東京オリンピックの会場と同じく日本武道館で行われた2019年世界選手権でのイスラエル選手との対戦と棄権を巡る騒動だった。
イラン代表として出場したモラエイ選手が、このまま勝ち進めばイスラエルのサギ・ムキ選手と対戦することが予想された、4回戦でロシアの選手と対戦する直前だ。イスラエルの存在を認めないイランのスポーツ担当副大臣からモラエイ選手のコーチに棄権を求める電話がかけたれたという(国際柔道連盟による)。
各国のコーチや世界連盟の幹部が「どんな選択をとっても全力で支える」と励ましたというが、精神的に追い詰められたモラエイ選手は、ムキ選手と対戦する前に敗退(ムキ選手が優勝)。大会後にドイツへ逃れたモラエイ選手は、棄権を迫られたことを公表。イラン側は関与を否定したが、国際柔道連盟は政府の圧力があったと認定し、イラン柔道連盟を国際柔道連盟と傘下の各連盟が主催する国際大会への出場停止処分を課した。