柔道の正式名称は “日本伝講道館柔道” と言います。簡略して “講道館柔道”、更に簡略化されて “柔道” と呼ばれています。国際柔道連盟の規約第1条には、「嘉納治五郎師範によって創設されたものを柔道と認める。」という1文が書かれてあったんです。それが今では “当たり前だから” と、柔道に対して既に世界が共通の認識を得ているという観点ができたからということで記載が省かれるようになりました。
世界の皆さんはよく「講道館はバチカン(ローマ法王及びローマ法王庁を総称したカトリック教会の総本山)に似ている。」と言われるんです。
何か決められないことがあった場合には講道館が見解を示して、それが各国の組織で共有していく流れがバチカンに似ていると言われる理由のようです。
-オリンピックなどの国際大会を通じ、“競技の柔道”に触れる機会の多い私たちですが、本来の“武道の道としての柔道”については詳しく知る機会がありません。“武術の柔道”の魅力について教えてください。-
これもフランスの方に「柔道と武道はどちらが先に “道” という言葉を付けたのか。」と聞かれたことがあります。嘉納師範が “柔道”、すなわち道を究める「術から道へ」と名前を付けられてから、武芸、武術といっていたものが “武道” に、撃剣を “剣道” にと、 “道” という言葉が使われるようになったようです。
また、“武士道” という言葉もありますが、新渡戸稲造さんの著書では「卑怯なことをするな」「礼法を守りなさい」など日本人の価値観を海外に向けて解説したものですので、武家社会の主従関係からなる “武士道” とも意味が違います。
“武士道” と “武道“ という言葉に柔道を含んで語られることがありますが、「柔道は柔道」としか言えません。剣道も合気道も武術としてひとくくりにすることは出来ないと思います。
「術から道へ」という名のあらためには、相手を倒すという単純な技術だけではなく、教育的な要素があるのです。嘉納師範の教えは「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である。その修行は攻撃防禦の練習に由って身軆精神を鍛錬修養し、斯道の神髄を軆得する事である。そうして是に由って己を完成し世を補益するが柔道修行の究竟の目的である。」と遺訓にある通りです。
要は柔道の修行を通じて人格形成を図って世の中のためになれという道を示しているのです。「精力善用」「自他共栄」という言葉に集約されています。
国際化の先駈け、柔道の国際活動
―日本伝講道館柔道の創始者・嘉納治五郎師範は、柔道の世界的な普及発展はもちろんですが、オリンピックの日本招致や、1912年のストックホルムオリンピックに出場するために大日本体育協会(今の日本スポーツ協会)を創設されるなど、日本スポーツ全体の国際化を推進されてきました。こう言った国際活動は、講道館においても今でも変わらず積極的に行われているのでしょうか。―
そうですね。「柔道は良いものだから世界に広めよう。」と言うことで、嘉納師範は1882年(明治15年)の講道館設立から僅か7年の1889年(明治22年)には、ヨーロッパ諸国を巡って柔道の普及活動をされていました。
-確かにヨーロッパ。フランスなどはとても柔道が盛んであると言った印象があります。嘉納師範が早くから、ヨーロッパでの普及活動をされていた影響もあるのでしょうか-
世界各国の競技者登録という面から見ますと、日本よりもフランスの方が盛んであるように見えるかもしれません。日本の全日本柔道連盟の競技登録者数17.5万人に対してフランス柔道連盟の登録者数は56万人という統計もあるようですが、フランスは道場に入門する際には必ず登録しなければならないシステムになっています。
別の数字を紹介します。これまで講道館に入門した人数は、230万人ほどの人数になり、有段者は170万人ほどいます。また、登録はしていない小学生や、中学や高校の授業で柔道を学んでいる方々もおられます。
とは言え、確かに競技登録人口の多いフランスやブラジルなどは、本当に柔道が好きだという国民性はあるかもしれません。柔道発祥の地・講道館に修行に来る方も多いですね。
先日(2022年7月)来日した、プロサッカークラブのパリ・サンジェルマンFCも、講道館に来て柔道の体験をしました。あの名選手・エムバペが柔道衣を着てね。記念に私のユニフォームを作ってくれました(笑)。
―それほどに柔道が世界で支持されている理由はなんだと思われますか。―
やはり嘉納師範の考えそのもの、「スポーツは全て教育である。」という考え方にあるのかなと思います。かつて嘉納師範が、クーベルタン男爵にIOCの委員就任を要請されたときに何故引き受けたのか。
オリンピックが目指すものと、柔道が目指すものはなんら変わりがありません。オリンピックの精神(オリンピズム)は「スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること」というものです。これは柔道の精神と合致しているということで、東洋で初のIOCの委員を引き受けられた経緯があるんですね。