国際連合(United Nations、以下”国連”)は、誰もが知る平和維持と社会の発展を目的とした国際機関ですが、世界中の大学生が参加し国際問題について議論を行う “模擬国連世界大会(National Model United Nations、以下NMUN)” があることを知っていますか?
模擬国連自体は、国連が存在していなかった1927年にインカレ模擬国連としてSyracuse大学で行われた大学に活動の原点があるとのこと。今では、その活動は世界中に普及していて、何と400ほどの模擬国連会議が開催されているのですね。主催も、高校や大学のクラブ活動から、アメリカ国際連合協会のようなNPO団体までと幅広く、会議の公用語である英語を駆使する能力はもちろん、国際政治の仕組みを理解したり、国際問題の解決策を考える過程を体験したりと、その教育プログラムの高さに驚かされます。
コロナ禍で活動が中断されていましたが、2年の延期を経て日本での実現することとなったNMUN。Journal-ONEでは、ホスト校である神戸市立外国語大学さんの協力をいただき、11月20日から26日に神戸ポートピアホテルなどで開催された “模擬国連世界大会2022” の一部を取材することが出来ました。
神戸市外国語大学を含む、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フィリピン、イタリア、カナダ、ウクライナ、オーストラリア、タイ、チリの11ヶ国42大学・団体から集まった多様な国籍を持つ298人の学生たちの素敵な笑顔と素晴らしい活動をお伝えしたいと思います。
このレポートでは、開会式を始め4つの議場にわかれて議論するセッションの様子を紹介します。前日に行われた京都文化視察は、神戸市立外国語大学の鈴木亜月さんがレポートしていますので、コチラもご覧下さい。
今に相応しい “平和” をテーマに
NMUNは、世界各地で行われている模擬国連活動の中で最大の規模を誇ります。春にはニューヨークで5,000人規模の大会を、そして秋には世界各地の大学をホスト校として世界各地で開催されるのだそうです。
今回のホスト校となる神戸市外国語大学は、2016年11月に日本で初めての世界大会を神戸で開催しており、今回が6年ぶり2回目の開催。コロナ禍により予定されていた年から2年間の延期を経ての開催となりましたので、在学中に開催かなわず卒業されていった学生の皆さんの想いも込められた大会と言えるでしょう。
今大会での主なテーマは “平和” 。
このテーマは、ウクライナ情勢が起きる前から決まっていたとのことですが、世界情勢が不安定な今このとき、最も考えなければならないテーマとなりました。日本周辺でも平和を脅かす可能性を秘めた課題も多く、コロナ禍や人口爆発による食糧難、エネルギー問題と地球温暖化など、広くひとびとの日々の平穏を脅かす課題も含めてどう向き合っていくのか。未来を担う世界中の若者が集まり議論する姿は本当に頼もしい限りです。
NMUNに必要な準備
NMUNは実際の国連での会議と同様に、参加者ひとりひとりが各国大使になりきってシュミレーションする活動です。会議での議論を通じて国際問題への理解を深めるとともに、交渉力や議論の能力、語学力を含む総合的な国際コミュニケーション能力を高めることを目的としたレベルの高い教育活動なのですね。
学生たちが各国代表の大使に選ばれると、数ヶ月も前から大会に向けての準備を進めるのだそうです!
最初に、代表となる国の文化や歴史、他国との関係など、その国の大使になるための情報集めをしなければなりません。これは、大使は出身国以外の国を担当するという模擬国連の普遍的なルール。この課程において、リサーチ力が身につくと同時に自分たちと異なる背景を持つ人たちを理解しようとするマインドも醸成されます。
また、国連は知っているけれども「どのようなことをどのような課程で決めている組織なのか」までを知っている人は少ないのではないでしょうか。NMUNは、他国と議論や交渉を行い、国連決議という合意に向かって全体がまとまっていく実際の国連活動とほぼ同じです。それ故、自らが会議に参加するにあたっては、国連のことはもちろん議決までの流れやルールを理解することも必要となります。
会議においては、各国が議題に対する意見や意思表明のスピーチを行うフォーマルセッションがあります。国を代表するスピーチ文を作るのは至難の業・・・ 経験者の先輩のアドバイスも参考にしながら、一から作り上げる準備は本当に大変です。
加えて、他国と自由に交渉や議論をするインフォーマルセッションでは、他国の意見を尊重しながらも自国の意見をしっかりと主張しなければなりません。表現力と共に交渉力のスキルを習得するために、日々練習を積み重ねて本番に備えます。これにより、高いコミュニケーション能力を養うことも出来るのです。
日本語であっても相当な準備が必要なものばかりですが、会議は全て英語・・・
そのため、せっかく準備した資料を最大限に活かすためには高い英語力が求められます。このハイレベルな語学力を実践形式で育むため、神戸市外国語大学ではNMUNに積極的に参加しているのですね。凄い!
感動的なシーンがいっぱいの開会式
会議に先立ち神戸ポートピアホテルで行われた開会式では、コロナ禍で出席者を制限したとはいえ、出席者の顔ぶれは豪華!その内容も感動的なものばかりとなりました。
相当な準備をして会議を迎える直前の各国代表団の皆さん。いよいよ始まる開会式を前に、とても緊張した様子が覗えます。昨日、京都文化視察で密着取材をしたアメリカのカリフォルニア・ステート・ユニバーシティ, サンバーナーディーノ校(California State University, San Bernardino)から参加した7人の学生も緊張の面持ち。
国連総会のセッションにインド、ジャマイカの代表として参加するAngeli Richards(アンジェリー・リチャーズ)は、「会議を前にとても緊張しています。昨晩も最終確認をするまで準備は万全にしているのですが、やはり始まるまでは落ち着きません。」と昨日、抹茶ソフトクリームを食べながら話してくれた様子とは違い、笑顔から緊張感が伝わります。
そういった会場の雰囲気になることを予め予想していたのか、代表団の緊張を和らげる演出で開会式が始まりました。居合道パフォーマンスです!
闇から現れたのは、着物姿のパフォーマーたち。日本の伝統的な楽器で奏でられるポップな音楽に合わせ、居合いの殺陣や鮮やかな振り袖を着た創作ダンスが場内を盛り上げます。パフォーマンス終了後には大きな拍手と歓声、指笛が鳴り響き、代表団の皆さんもそれぞれ隣を見合って興奮した様子が見受けられます。緊張が解けたようで、本当に良かった。。。
ビデオメッセージで登壇した、国連のアントニオ・グテーレス事務総長。深刻化する貧困と拡大する不平等、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの不公平な分配、不十分な気候コミットメント、継続する紛争や分断、誤情報などの様々な課題克服のために日々奔走されているグテーレス事務総長は、「若者たちの積極性・主体性が国連の希望。」と、代表団の皆さんを称えました。
また、世界的に注目されているウクライナから出席されたウクライナカトリック大のプロツィク教授は、ウクライナの現状、どれほどの犠牲があったかについて話すと共に、「この大会が未来をつくる若者を中心に “平和” について改めて考える機会になることは極めて重要だ」とスピーチ。
プロツィク教授のスピーチ後には、全ての代表団がスタンディングオベーションでメッセージに応える様子は、胸が熱くなるシーンとなりました。
主催者を代表した神戸市外国語大学の田中悟学長も、「神戸の地で本大会を開催できることを大変光栄に感じている。2年の延期を経て、コロナ禍後米国外で初の対面での開催であることを感慨深く思う。」と、開催までの苦難を乗り越えた神戸市外国語大学の学生たちと今日集まった全ての国の代表団の皆さんに敬意を表したスピーチ。会場の心をひとつにする素晴らしいメッセージとなりました。
閉会後、核兵器の不拡散に関する条約再検討会議にジャマイカ代表として参加するAlexander Edsel(アレキサンダー・エドセル)は、「セレモニーはとても感動的で、心に残るものだった。これから始まるセッションに向けては、今まで多くの時間を掛けて準備してきたものをしっかりと表現できるように頑張ります。」と、凜とした顔つきで話してくれました。
セッションで堂々と渡り合う代表団の皆さん
今回のNMUNでは、国連総会、安全保障理事会、経済社会理事会、核兵器の不拡散に関する条約再検討会議の4つの議場に分かれて、それぞれ事前に設定されたふたつの議題のうちのひとつについて議論がなされます。
午後からの開催となった初日は、皆さん緊張した面持ちでパソコンや資料を抱えて各議場に分かれていきました。議長、議長補佐の進行で会議は進み、どの議場も最初はスライドによる説明や各国の代表団が意見を述べる時間となり、静かに時間が過ぎていきました。
そして、休憩時間を挟むと会場の熱気が一気に高まります!他国と自由に交渉・議論をするインフォーマルセッションが始まったようです。
各国の大使は似た意見を持つ国や協調できる国を探し、グループを作ります。そのグループで、議題に対する決議案の文書を作っていくのですが、先ずは組むべくグループを探していく段階のようです。各国代表団が入れ替わり、会場はもちろん会議室を出たロビーまで人が溢れ、テーブルを囲んだり椅子を円形にしたり、地べたに車座に座って議論するグループもいます!
目を輝かせた高校生たちが見学
本大会では、NMUNに興味のある高校生たちが大会を見学できるツアーも設定されています。全国からやってきた高校生と引率の先生が、10数名のグループに分かれて議場を見学して回ります。
その中で、真剣な眼差しで会議の様子を見守る高校生ふたりにお話を伺うことが出来ました。地元・神戸市立六甲アイランド高等学校 国際人文系2年次生の船引 咲良(さくら)さんと、人文社会系1年次生の山中 佳音(かのん)さんです。
六甲アイランド高校は、今年で開校25年を迎える全日制普通科単位制高校。生徒の皆さんが進路に必要な科目を履修できる単位制という教育システムがとても魅力的です。1年次には基本的に全員同じ教科・科目を学習しますが、2年次より希望進路にあわせ、コースを選択していくとのこと。
国際人文系・人文社会系は、日本と外国の言語や文化に対する関心を深めて、国際社会の中で日本の文化を発信できる人間の育成を目指したコースなんです。
ESSに所属し、オスマン帝国時代のトルコの歴史に魅了され英語で書かれたほとんどの資料を読み込むために英語の勉強に力を入れているという船引さんは、「英語しか聞こえない会場の雰囲気に驚きました。」と、衝撃を受けた感想を話してくれました。「神戸市外国語大学の皆さんが、その環境の中で堂々と英語で議論を繰り広げる姿に、とても感動しました。」と先輩たちへの憧れも口にします。
子どもの頃から英語の勉強をしてきて、お母様が好きな中南米の遺跡を案内しながら一緒に巡るのが夢という山中さんも、「普段、高校の授業で会話している英語力では全く歯が立たない。もっと勉強しなければと思いました。」と数年後に会議に参加していることを想像するかのように話してくれました。
神戸市外国語大学への進学を希望しているふたり。先輩たちの活躍する様子を見て、その決意は更に高まったという話に、引率の田島 和人教諭も目を細めます。未来を担う素敵なおふたりの笑顔がとても印象的でした。
大会を仕切るのも大学生
セッションが始まり、大会が活気を帯びてきた中にもかかわらず、NMUN神戸大会事務総長であるヒキタ・キーシャ・ロレーヌ・サントーヨさんが独占インタビューに応じてくれました。
午前中のパネルディスカッションでは、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリング グループ上席執行役員の柳井康治さんとの大会オリジナルTシャツ寄贈セレモニーに登壇し、開会式では多くの聴衆の前で堂々たるスピーチを披露したヒキタさん。
こんな忙しい時にインタビューして大丈夫なんですか?と聞いてみると・・・
「私の主な役割は、神戸市外国語大学内で模擬国連に携わる全ての学生の総括なので、もうお役目はほとんど終わったようなものなんです!」と明るく話すヒキタさん。
「NMUNを開催するにあたり、神戸市外国語大学ではセッションの補佐を担当したり、文化視察の行程を企画したり、高校生の見学ツアーを企画したりとさまざまな役割に応じて委員会が設けられています。その委員会をひとつにまとめていくことが主な仕事なので、会議が始まる前までが大変なんですよ。」と、参加する学生たちをまとめる大変さについて説明してくれました。
「私が2年生の時にコロナ禍で、NMUNの延期が決定しました。運営に携わっていた先輩方は卒業してしまうので自分たちの手でつくりあげることが出来なくなってしまったんです。そこで、これまでの準備を一緒にやってきた当時低学年だった私たちにバトンを引き継いでいただき、本大会を引っ張っていく任に就くことにしたんです。」と、先輩たちの想いを背負った2年前を思い出しながら話します。
「事務総長をさせていただき、委員会に参加する全ての学生と意識をひとつにしていく協調性が育まれたと共に、教育を通じて相手の国の立場を理解してしっかりと相手と向き合う大切さも学びました。」と、NMUNの活動をやり遂げた充実感も教えてくれました。
卒業後はIT企業への就職が決まっているヒキタさん。
「国連の活動に携わっていきたいと思っています。国連の事業にはプライベートセクター(民間企業など)の協力が不可欠です。今回のユニクロさんとの活動を見ていただければ分かると思いますが、世論を動かしていくには国連機関とプライベートセクターの連携が重要となると思います。そういった活動が可能な民間企業で働くことで、いつか国連の活動に携われればなぁと。」と、しっかりとした口調で未来を語るヒキタさんの目の輝きこそが、NMUNが世界中で評価されている理由なんだと改めて感じました。
ヒキタさんとのインタビューが終わって間もなく、1日目のセッションが無事に終わったようです。
インド代表として経済社会理事会のセッションに参加した、Kyle Foiles(カイル・フォイレス)と、国連総会のセッションに参加したGuadalupe Miranda(グアダルーペ・ミランダ)とAngeli Richards(アンジェリー・リチャーズ)が充実した顔で会議場から出てきました。
聞くまでもなく、皆さん充実した1日を振り返って満足そうにセッションの感想を話します。「パートナーが来られなくなり、ひとりでのセッション参加となったけど、事前に一緒に準備した資料を元にして堂々と会議を進めることが出来たよ。」とカイルが話せば、「初日は午後からだけのセッションだったけど、明日は朝からのセッションなので、疲れを癒しながら明日の準備もしなくちゃ。」とアンジェリーのテンションも上がっています。
通訳までしてくれた、ヒキタ事務総長と一緒に記念撮影。
緊張しながら大役を務めた皆さんが見せてくれた充実感溢れる笑顔は、NMUN神戸大会の成功と明るい平和な未来を確信するシーンとなりました。
今回取材したカリフォルニア・ステート・ユニバーシティ, サンバーナーディーノ校(California State University, San Bernardino)の皆さんが前日に参加した、“京都文化視察” の模様もコチラでレポートしています。
神戸市外国語大学の鈴木亜月さんが、カリフォルニア・ステート・ユニバーシティ, サンバーナーディーノ校の7名と交流した京都文化視察のレポートも是非、読んで下さいね。