運命のいたずら
北京オリンピック、東京オリンピックと2大会連続で日本に金メダルをもたらした “女子ソフトボール”。 伝説のピッチングで日本中を沸かせた上野 由岐子投手や、一躍日本人の誰もが知る存在となった後藤 希友(みう)投手をはじめとする金メダリストたちや、世界各国の代表選手たちがプレーする世界最高峰の女子ソフトボールリーグ “JD.LEAGUE(JDリーグ)” 。今シーズン前半戦の予備節が行われました。
全16チームが東西地区に分かれて行われているリーグ戦は、東西地区対抗交流戦シリーズを以て前半戦が終了。かの有名な史実 “関ヶ原の戦い” の舞台となった美濃国(岐阜県)に一堂に会して開幕した今年、令和の世の “天下分け目” の戦いと呼ぶに相応しい熱戦が4週にわたって全国各地で繰り広げられました。
東西首位決戦となった、東軍・ビックカメラ高崎ビークイーンと西軍・トヨタ レッドテリアーズの一戦は運命のいたずらか? 6月11日、豊田市運動公園での開催が雨天中止となり、前半戦最終日に相対する “結びの一番” は、観客全てを魅了する素晴らしい戦いとなりました。
東京2020大会のメンバーが集結
会場となった、静岡県伊豆市の自然豊かな山間にある天城ふるさと広場野球場。
ビークイーンは上野 由岐子投手、藤田 倭投手、我妻 悠香捕手、内藤 実穂選手、市口 侑果選手、レッドテリアーズは後藤 希友投手、原田 のどか選手、バッバ・ニクルス選手と、総勢8人のメダリストが所属。
次世代の日本代表として、”日米対抗ソフトボール2022” にも選ばれた、勝股 美咲投手、工藤 環奈選手、藤本 麗選手(以上、ビークイーン)、切石 結女捕手、伊波 菜々選手、石川 恭子選手(以上、レッドテリアーズ)を含めれば、14人の “JAPAN戦士” が集まるドリームマッチです。
来年フランス・パリで開催されるオリンピックでは、残念ながら除外競技となってしまいましたが、本来ならば世界中の注目を集めても良い一戦は、「(予備日に回ったことで)モチベーションと体調を維持することが難しかった。」と、レッドテリアーズの馬場 幸子監督が言っていた通り、両軍の戦士が最後の力を振り絞っての激闘となりました。
レッドテリアーズの馬場監督は、北京オリンピック金メダルに輝いた “JAPAN戦士” の主将!ビークイーンの岩渕 有美監督も、アテネオリンピック銅メダルの “JAPAN戦士” と、レジェンド名将同士の采配にも注目が集まります。
レジェンドの意思を次いで
レッドテリアーズの先発マウンドに上がったのは、今季最も登板数の多い三輪 さくら投手でした。昨シーズンまでチームメイトであった、”アメリカソフトボール界のレジェンド” モニカ・アボット投手の抜けた穴を補うに十分な活躍を見せている三輪投手は、ここまで43回を投げて自責点僅か4の防御率0.65を誇っています。
“JAPAN戦士” をズラリと並べる強力・ビークイーン打線にどう挑むのか?
注目された初回、早くもビークイーンの4番・藤田 倭選手がライトの頭上を越えるタイムリーツーベースを放ち先制します。藤田選手は東京2020大会でも “二刀流” で注目された日本代表きってのスラッガー。緩急と左右に揺さぶるレッドテリアーズバッテリーの配球に惑わされること無く鋭い打球を放ちました。
三輪投手も後続を断ち、リズムを作りかけた3回。またもや “二刀流” 藤田選手が今度はレフト頭上を高々と越えるソロホームランを放って2-0と差を広げます。
緩急自在の配球と重い球でビークイーン打線を2点に凌いだ三輪投手でしたが、4回も2死から8番・松本 怜奈選手に逆方向の左中間へホームランを浴びると、続く遠藤 愛実選手、金メダリストの市口 侑果選手に連打を許し、2,3塁のピンチを迎えます。
「(三輪は)調子自体は悪くなかった。」と馬場監督が振り返った通り、気迫満点の投球でビークイーン打線に立ち向かいますが、好打者揃いのビークイーン打線も引き下がりません。片岡 美結選手のバットを押し込んで内野への小飛球となりましたが、これがサードとショートの前にポトリと落ちる内野安打!4-0とリードしました。
“二刀流” が初先発で快投
一方のビークイーン先発は、2年目の若手・伊東 杏珠投手でしたが、1回表の攻撃が終わるとDP(Designated Player・指名選手)の藤田選手がマウンドに上がりました!
MLB(メジャーリーグベースボール)大谷 翔平選手がプレーしているアメリカンリーグや、NPB(日本プロ野球)パ・リーグ、社会人野球などでお馴染みのDH(Designated Hitter・指名打者)とは異なるDP。DHは攻撃時に投手に代わって打席に立つ制度ですが、ソフトボールのDPはすべての守備位置の選手に対応される制度。
DPの守備者(FP/Flex Player)である伊東投手がマウンドに上がる前に、「DPがFPを兼ねてピッチャーに入ります。」とコールされることで、伊東投手は1球も投げること無く藤田投手がマウンドに上がれるソフトボール独自の戦略が採れる制度なのです。
事実上の先発となった藤田 “投手”。今シーズンはここまで全て中継ぎで5試合に登板、自責点1、奪三振8と好調ながらも投球回数は僅かに9イニング。1試合最長で2イニングまでのショートリリーフが続いています。
スタミナが心配される藤田投手でしたが、レジェンド二刀流はお構いなし!先制タイムリーにソロホームランと乗りに乗った藤田投手は今季最長の4イニングを無失点に抑え、流れを完全にビークイーンのものにしてマウンドを勝股投手に譲りました。
この日、ビークイーンは上野投手、我妻捕手、内藤選手という金メダリストの主力が帯同せず、若手の力でレッドテリアーズに挑んでいました。交流戦最中のインタビューで「上手な世代交代が課題」と話していた上野投手が話していた通り、強豪・レッドテリアーズに敢えて若いメンバーで挑むことで、チーム力の底上げを狙っているようですね。
東軍屈指の好投手に襲いかかる
5回から藤田投手の後を継いだ勝股投手も、日本女子ソフトボール界期待の投手です。
ここまで8試合に登板して勝ちっぱなしの7勝!39回を投げて自責点6、奪三振53の防御率1.08と抜群の安定感を見せています。
終盤に差し掛かり、東軍の首位を走るビークイーンを相手に0-4の劣勢となっていたレッドテリアーズでしたが、「特に焦ってはいませんでした。後半で追いつける自信はありました。」と鎌田 優希主将が試合後に話していたように、レッドテリアーズベンチに焦りの色はありません。
すると、勝股投手の代り端に襲いかかるレッドテリアーズ打線。
先ずはここまで西軍トップの6本塁打を放っている、下山 絵理選手のパワーが炸裂します! 「この回、逆転するぞ!」と応援団の声援を背に受け、強烈な打球を右中間に放って2塁打とすると、続くDPの藤家 菜々子選手も三遊間を豪快に破るヒットでチャンスを広げます。
打順は先頭に戻り、西軍・首位打者の石川選手が打席に入ります。安打製造機・石川選手がレフトへ技ありのタイムリーヒットを放って2点を返すと、今シーズンからレッドテリアーズに移籍した金メダリスト・原田選手も左中間を深々と破るタイムリーチーベースで3点目!
続く、アメリカ代表銀メダリストのニクルス選手もレフト前ヒットで続くと、原田選手は一気に3塁ベースを蹴って本塁にヘッドスライディング!地面を叩いて喜びを爆発させた原田選手が、同点のホームを踏みました。
このクロスプレーでしっかりと2塁を陥れていたニクルス選手は、更に捕手の落球の隙をついて3塁に進みます。結果、この好走塁が続く5番・切石選手のレフト前ヒットを逆転のタイムリーにすることとなり、この回一挙に5点を奪って大逆転に成功しました。
千両役者の登板に東軍屈指の打線が対峙
5-4と逆転に成功したレッドテリアーズは、6回からマウンドに後藤 希友投手を送ります。
東京2020大会での活躍で、その名を全国に轟かせた後藤投手。“世界を代表する投手” として、今シーズン12勝無敗、防御率0.19と驚異の成績で他の追随を許しません。
逆転を許したとは言え、日本代表を揃えたビークイーン打線も “世界を代表する打者揃い” です。僅か2イニングではありましたが、最強の盾矛対決に、観戦に訪れた500名近くのファンは固唾を呑んで一球一球の対決を見守ります。
特に最終回、ビークイーン中軸打線 vs 後藤投手の対戦は、その空気感にスタジアム全体が圧倒されました。
先ずは、3番・工藤選手との対戦。0-2と後藤投手が有利なカウントに追い込みますが、工藤選手も負けてはいません。インサイドへの厳しいボールに対し、巧みなバットコントロールを見せた工藤選手の打球はライト線を破るツーベースヒット!無死2塁と同点のチャンスを作ります。
ここで打席に入るのは、“二刀流” 藤田選手。マウンドと打席を結んだ空間だけが、一流アスリートが放つ特別な雰囲気を出しています。0-2と追い込んで内外角に揺さぶりを掛ける後藤投手に藤田選手も迷わずバットを出してカット!お互いに顔を見合わせてニヤリとするシーンに、緊張の中にも勝負を楽しむ姿が見て取れます。
カットすること4本、結着は藤田選手がショートフライを打ち上げて後藤投手に軍配!応援団の声援がどこか遠くに聞こえるような、名勝負にスタンドからは大きな拍手が沸き起こります。
続く炭谷選手も、次世代のJAPANを背負って立つスラッガー。パワー溢れる炭谷選手の放った打球はライト後方を襲う大飛球!一瞬、スローモーションになったようなフィールドでは、名手・原田選手が必死の背走を見せてナイスキャッチ!このプレーにもスタンドからは大きな拍手が沸き起こりました。
最後は、代打の高卒ルーキー・麦谷 美波選手のパワーバッティングを寄せ付けずに詰まらせた後藤投手が見事な火消しを見せ、首位決戦は西軍・トヨタ レッドテリアーズの逆転劇で幕を下ろしました。
ドラマチックな試合を終えて
試合終了後、レッドテリアーズの馬場監督は開口一番、「今日は選手たちが諦めずにしっかりと集中してくれた結果です。」と選手たちを讃えました。
「三輪の調子は良かったのですが、ここぞという場面で結果を出す藤田選手の勝負勘、集中力は流石です。」と、JAPANが誇る “二刀流” に感心しつつも、「(逆転した回に入る前に)選手たちが良く集中していましたので、3イニングあれば4点は何とかなる。先ずはこの回に1点を取りに行こうと話しました。」と、ビックイニングを予感していたことを教えてくれました。
この日も中軸が繋がった打線を振り返る馬場監督。「原田選手の加入が大きいですね。チーム最年長なのに、“元気印” の原田選手は、技術はもちろんですが気持ち的な部分でチームを良く引っ張ってくれています。」と、原田選手が入って厚みが増した前半戦の戦いを振り返ってくれました。
一方、投手陣については「昨シーズン、継投継投の投手起用をしましたが、今シーズンは三輪投手と後藤投手には1試合投げ切ってもらうような起用にしています。」と、アボット投手が抜けて2本柱の更なる成長に期待していました。
「ビックさんには学ぶべきところがたくさんあります。試合の入りは相手の方が集中できていましたし、どんな選手が出てきても試合を作ってくるところは流石だなと。」と、試合の成果を教えてくれた馬場監督。
「(プレーオフ準決勝で敗退した)去年の悔しい思いを忘れていない。ひとりひとりが自分を高めていこうとしているので、良い結果で前半戦を終えることができました。」と、リベンジに燃える選手たちの思いを代弁する一方で「(後半フォーカスし直すとしたら)1~5番までのレギュラーは固定しているが、他のポジションはみんなにチャンスがあります。選手たちは苦しいと思いますが、切磋琢磨して頑張ってくれると思います。結果、それでチームの底上げができれば。」と、喜ぶ選手たちを優しい笑顔で見つめながら話してくれました。
好守の繋ぎに徹するキャプテンの思い
「ビックカメラの打線が良いのは想定していたので、得点されても1点ずつ取り返していけば何とかなると思っていた。」と、試合を振り返ってくれたのはキャプテンの鎌田選手です。
「右打者も左打者も長打が打てる選手が多いビックカメラ打線には、外野も深い守備位置を取らざるを得ません。ですので、内野とのスペースが空くことでヒットゾーンが広がらないよう、二遊間では声を掛け合って後ろをフォローするなど、常に工夫して守っていました。」と、少しの隙も作らない姿勢を見せる鎌田キャプテン。
前半戦を振り返っては、「ウチの特徴は、バッテリーを中心に守備で流れを作って攻撃に活かすゲーム展開。そんな戦い方が出来たのが良い成績として現われているのだと思います。課題の得点力不足も少しずつ得点力が上がってきました。」と、レッドテリアーズらしい戦いができた前半を総括。
「でも接戦、特にトーナメントになった場合にはなかなか得点が取れない。後半戦はデータを取られて対策もされると思います。好調の石川選手が作ったチャンスを原田選手、ニクルス選手、切石選手に繋ぐことが、勝ちきっていける策だと思います。」と、打撃でもチーム力を最大限に活かす自分の役割を話してくれる鎌田キャプテン。
「決勝で勝たないと意味が無い。打って点を取るのは理想ですが、チャンスを確実にものに出来るよう、相手にプレッシャーを掛けてそつなく得点に繋げていきたいです。私自身、昨年よりも調子が上がっているわけではありませんが、決勝で打てる選手になれるよう頑張ります!」と素敵な笑顔で抱負を語ってくれました。
2023年JDリーグのレギュラーシーズンは、前半戦の日程が全て終了。
8月4日(山口県岩国市)、6日(福島県福島市)、7日(神奈川県横浜市)に開催される、“日米対抗ソフトボール2023” を経て、後半戦は9月1日から始まります。
トヨタ レッドテリアーズは、9月2日、3日に地元・豊田市運動公園野球場で、ビックカメラ高崎ビークイーンは、同日に福島県営あづま球場で優勝を目指した戦いを再開させます。
世界最高峰のゲームが観戦できるJDリーグ。プレーオフに向けて益々盛り上がるJDリーガーたちの笑顔溢れる素晴らしいプレーを観に、お近くのスタジアムに足を運んでみませんか?