突然訪れたチャレンジの機会
人間、幾つになっても新しいことにチャレンジしたい!でも、年を重ねるごとにその意欲やきっかけが少なくなってきます。「ご縁とタイミングってあるんだなぁ。」とつぶやきながら、柔道衣に袖を通した稽古初日の朝7時前。
日本のお家芸として、先のオリンピック・東京大会でも金メダル9個を含む12個のメダルを獲得。コロナ禍で沈んでいた私たちに大きな感動と夢を与えてくれた柔道ですが、まさか自分が柔道の聖地・講道館で柔道をすることになろうとは思ってもみませんでした。
今回の企画はある会議で、「矢澤さん。今度、講道館で未経験でも参加いただける朝稽古を始めることになったんですよ。是非、取材に来て下さい。」と講道館 国際部の仮屋 力さんに教えていただいたことに始まりました。
同席されていた、講道館第5代館長の上村 春樹さんからも、「是非、(取材に)来て下さい。」とお誘いをいただき、直ぐに講道館ホームページから申し込みを完了!新たなチャレンジを得た何とも言えない高揚感と共に、「本当にできるんだろうか?」と不安も感じながら東京・春日にある、講道館国際柔道センターの4階にやって来たのです。
世界中の柔道家たちの憧れの地に立つ!
“本家” “聖地” “発祥の地”と聞いて、皆さんはどんなことを想像しますか?
自分の仕事や趣味、食べ物などにもそのルーツがあり、そのルーツを訪れること自体が観光となっているケースも多く見かけられます。有名アーティストの生家、人気アニメのシーンで出てきた土地巡りなど、誰もが一度は何かしらのルーツへ足を運んだことがあるのではないでしょうか。
柔道の “発祥の地” 講道館も、日本の柔道家はもちろん、世界207カ国の柔道家の憧れの場所。特に、数多のオリンピック選手が修行した、7階にある “大道場” で修行するために1年に何回も日本に足を運んでくる海外の柔道家も多くいる “柔道の聖地” です。海外からの修行者の中には大道場に立てることに感動して涙を流される方もいらっしゃるのだとか。そこで素人が柔道をするなんて・・・ 野球でいえば “素人がいきなり甲子園のマウンドから投げる”、演劇でいえば “素人がいきなりブロードウェイの舞台で演じる” といったところです。
しかし、ここ講道館国際柔道センターは誰でも入ることの出来る、非常に寛容な施設なんです。詳しくは、Journal-ONEで紹介した『世界中から人々が集まる “柔道の聖地” ~ 講道館(東京)』の記事を読んでいただければ、その理由が分かります。
緊張感と高揚感が入り交じる初日の集合
大道場に集まった、朝稽古の参加者はおよそ80名。この後7日間、色々な参加者が出たり入ったりしていましたが、延べ参加者数は約600人に及んだという “朝稽古”。毎朝7時から8時30分に行われたこの取り組みは、「学生の方や会社勤めの方でも始業前に参加ができますので、ジョギング感覚で汗を流して爽快な1日の始まりにしてもらえれば。(仮屋さん)」との思い通り、スーツを着た方も多く参加されていました。
大道場に足を踏み入れた初日、「オリンピックの開会式のような国際色豊かな人たちが集まったなぁ」と思うほど様々な国の方が参加しています。最近、街には多くのインバウンド(訪日外国人観光客)の皆さんを見かけるようになり、以前よりも世界が身近に感じるようになってきた日本ですが、ここ講道館は、更に国際色豊かです。
しかも、小学生の子どもからご年配の方まで年齢層も幅広い!女性の柔道家も3割くらいはいるでしょうか。それぞれが、朝稽古を前にストレッチなどの準備をしています。
「おはようございます。いよいよ始まりますね。頑張って!」と笑顔で声を掛けていただいたのは上村館長です。ご挨拶をしていると、次々と外国人柔道家が集まってきて、上村館長に挨拶をしています。
稽古前に記念撮影をお願いする柔道家もいて(この後、7日間毎日記念撮影を求められていました)、やはりオリンピック・モントリオール大会の金メダリスト、上村館長の人気は絶大です。
私が体験した第1回講道館朝稽古は、体験、技、形、乱取と経験や気分に合わせた4つのコースに分かれていて、“都合の良い日だけ参加OK” “途中からの参加、コースの移動、退出OK” という、個々の都合にも配慮されたプログラム。参加費は無料で、私のような初心者には柔道衣も貸していただけるんです!稽古後はシャワーを浴びることもできますので、会社の出勤時間前にその日の体調と相談しながら、無理なく体験できる素晴らしい仕組みとなっています。
エジプトから工場実習で来日しているというムスタバさんは、「柔道は少しだけエジプトで体験したことはあるけど、日本にいる間にどうしても聖地・講道館で柔道を習いたかったんだ!」と興奮気味に話します。
一見、柔道には縁遠いように見える華奢な女性は、「職場のお友達に誘われたんですよ。」と黒帯の参加者が集まっている集団を指差します。「運動をしていないので不安ですが、怪我しないように楽しみたいです。」と目を輝かせて話してくれました。
そして、この後の7日間全てを共にした唯一の初心者、加賀さんも初日を迎えた期待と不安を話してくれます。「前から柔道をやってみたいと思って、様々な道場を検索していたんです。でも、初心者には難しいかなぁと諦めていたら、まさか総本山の講道館がこういった取り組みをすると知り、間髪入れずに申し込みました。ただ、身体がついていけるかですよね(笑)。」
他にも、近くの東京大学に通う女性は「学校の行き帰りに通るので、ここが講道館だということは知っていました。いつも小学生たちが楽しそうに入っていく姿を見て気になっていたんですが、この朝稽古参加者募集のポスターを見て “これならやってみようかな” と思って参加しました。」と、人気コミック『柔道部物語(小林まこと作)』を配したフレンドリーなポスターが参加の決め手になったことを教えてくれました。
2人の先生が丁寧に指導
「この度は、ご参加いただき本当に有り難うございます!」と、爽やかな笑顔で私たちを迎えていただいたのは、有川 勇貴(六段)先生です、有川先生は、講道館大阪国際柔道センターを中心に活動されている先生。朝稽古が始まる直前まで、スロベニアへ指導に行かれていたとのこと!そんなお忙しい先生に教えていただくなんて・・・と恐縮しています。
「今回の朝稽古は、講道館における新しい取り組みなんです。これまで柔道に馴染みのなかった方に、どうやって柔道の楽しさを知っていただくか。私たちもこのチャレンジとてもワクワクしています。」と、有川先生も本当に楽しみにされていたようです。
早速、ウォーミングアップを兼ねて、前転・後転という器械体操を取り入れた準備運動をやってみることになりました。前転・後転は、小学校の最初の体育で習う運動ではないでしょうか?マットの上で喜々として何度も転がっていたことを思い出します。
「簡単な運動で身体を温めるんだな。」と思いながら前転をしますが、上手く回れません。頭を下げて首から真っ直ぐに畳に着けることが出来ないんです!
最初の一回りで思わず自分に笑ってしまいます。「え?こんな簡単な運動も出来なくなっているの?」と、勢いを少し付けて回ってみますが上手くいきません。。。更に2度回っただけで目がぐるぐる回ります。ふらふらで周りを見ますと、他の3人も苦戦していました。
「私も、今でも前転後転すると目が回りますよ。難しいと思ったら無理をせず、首を左右に逃がしてあげると少し楽に回れるようになりますよ。」と笑顔でポイントを教えていただいたのは、もう1人の藤中 拓馬(五段)先生です。
藤中先生は、以前取材(世界中から人々が集まる “柔道の聖地” ~ 講道館(東京))した際、少年部道場で指導されていました。その時の明るい笑顔に、ちびっ子柔道家たちがとても懐いていたシーンが印象的でした。さすが、ちびっ子に教えているだけあって、とても分かりやすい指導です。
飽きないように工夫されたカリキュラム
朝の7時から始まる朝稽古。冒頭の20分余りを黒帯も初心者も、そして先生方も全員一緒に準備運動やストレッチを行います。「黒帯の方でも久しぶりに稽古すると、怪我をする可能性があります。ですから、ストレッチには時間を掛けなければならないんですよ。」と藤中先生。
早朝、深く息をしながら身体を伸ばすととても気持ちが良いです。この7日間で最も身体が痛かったのは2日目のこの時間でしたが、ゆっくりと時間を掛けて身体を起こし続けたお陰で、3日目からは徐々に身体の痛みも取れていきました。朝稽古が終わった後でも朝の少しの時間を使ってゆっくりとストレッチすることで、身体を健やかに保てることを知る良い気付きをいただきました。
また、「柔道の基本は受身です。投げられた際の衝撃を和らげる大事な技術なのですが、この練習はとても地味なので、1週間ずっと受身の練習だけでは柔道の面白さが伝わりませんよね。」と話すのは有川先生。私を含めた初心者の皆さんが抱いている柔道の印象は、豪快に投げを打つ柔道家の姿です。ですから、どうしても「痛そうだな。力を使いそうだな。」と考えてしまいますが、有川先生の受身に練習時間を費やすという話しを聞き、「へぇ~そうなんですか!」と感心しています。
後ろ受身、横受身、前受身、前回り受身と4通りある受身を全て習得するのは難しいですが、日ごとに少しずつ変化するカリキュラムで教えていただきました。これならば、全日参加される方や、間を空けて参加する方も、その日その日で新しいことを学ぶことが出来ます。
「衝撃を和らげることも大事ですが、一番大切なことは後頭部を守ることです。」と、受身の本質をわかりやすく教えていただいたのは、向井 幹博(七段)先生です。向井先生は、2016年のオリンピック・リオデジャネイロ大会90kg級で優勝したベイカー 茉秋選手をはじめ、2021年のオリンピック・東京大会100kg級で優勝したウルフ・アロン選手、78kg超級、無差別において世界選手権3大会優勝の朝比奈 沙羅選手などを育てた名指導者! また、指導者に向けた著書も出されているんです!
向井先生から「ダルマのように丸まってみて下さい。その体勢で相手の方は四方八方から転がしてあげてください。頭を畳に着けることなくゴロゴロと前後左右に揺れることで、受身を取る感覚を掴んでもらえます。」と教わって実践。丸くなっていれば力を入れずとも、頭が畳に着くことなく、勢いを殺すことができるのですね。やってみて初めて受身を取る際の身体の使い方がわかりました。楽しみながら仕組みやコツを学ぶことで、技が自然と身に付いてくるという訳なんですね。
そして、技術以上に世界中の人々を魅了するのが、精神修養です。これについても、毎日ひとつずつ “柔道の精神” を教えていただけるのです。
例えば、大道場の壁に掲げられている “嘉納治五郎師範遺訓” に書かれている柔道の本義と修行の目的について有川先生が解説される時間もありました。「修行によって “精力善用” の原理を身につけて、知徳を磨いて人格の完成を図り、”自他共栄” を達成するために尽くすことが柔道の本質なんです。」と、外国人の参加者にも分かるように藤中先生も英語で説明されています。
この朝稽古への参加を勧めていただいた仮屋先生もそうですが、藤中先生、有川先生と皆さん英語が堪能なんです。聞くと、青年海外協力隊の一員として柔道の指導をするために仮屋先生はシリアに、藤中先生はインドネシアへの渡航歴があるなど、世界各国へ柔道指導に赴かれる先生が多いのも講道館の特徴の一つ。エジプトから参加していたムスタバさんも、熱心に嘉納師範の教えや技のかけ方を質問。気になっていた疑問が解消して、満足げな笑顔を見せていました。
人体の仕組みが分かる!丁寧な指導に感激
私たちが普段目にする柔道といえば、オリンピックなどの国際大会における日本代表の皆さんの活躍する姿です。激しいトレーニングで自らを追い込むシーンや、屈強な選手たちが懸命に戦うシーン、そして試合後に見せる感動の歓喜のシーン・・・ 皆さんが持つ “柔道のイメージ” はそういったものではないでしょうか?
例外に漏れず、私も「柔道は相当な筋力と体力を使うのでは無いか?」と思っていましたが、実は必ずしもそういった側面だけではないのです。
「お互いに正対して “組み手” をしてみましょう。」と、有川先生に教えていただき ”右組み” という体勢になります。互いに右自然体で正対して、左手で相手の右腕(袖の真ん中下あたり)を掴み、右手で相手の左の前襟を掴みます。柔道の試合で見る最初の体勢です。
「ひとりの方が、ダンスをするように好きな方向へ動いてみて下さい。そうすると、相手の方は腕を伝ってどちらに動こうとしているかが分かると思います。」との説明で、ペアの加賀さんが動くと・・・ 確かに!どちらに動こうとしているかが、袖や襟から伝わってきます!
「常に正対するように、相手の方は動きを察知した方向に合わせて動いてみて下さい。足元を見ないで正面を向いて相手の身体全体をぼんやり見るようにすると様になりますよ。」と藤中先生にポイントも教えていただき、さながら “柔道の組み手ダンス” が始まりました。
「足を交差させないよう、摺り足で動いてみて下さい。そう!すっかり経験者の組み手になりましたよ。」と有川先生に褒めていただき、最初は遠慮がちに動いていた私たちも楽しくなり「動きが予測できますよ!」「腕がセンサーになって、身体が勝手に反応しますね!」と、感心しながら稽古に熱中しました。
「組み手をする際、両手首を絞ってみて下さい。それだけで、力が無い人でも相手の動きを制限することが出来ますよ。」と、向井先生に教わった通りにすると・・・ 腕や肩に力を入れなくても簡単に相手の動く範囲を狭めることに成功しました!これならば、筋力の無い私たちでもしっかり相手と組み合うことができる訳ですね。
向井先生の「人間の身体は、何度前に傾くと倒れるか知っていますか?」という問いかけに、「え?そんなこと考えてもみなかった・・・」と頭を捻る私たちに、「柔道だから、10度(じゅうど)です(笑)!」と、ユーモアを交えて人体の仕組みを教えていただくシーンもありました。
相手を安定した立て膝の状態にして組んで、前にゆっくりと10度倒すと・・・本当です!前に倒れそうになって、思わず片方の膝を前に擦り出してしまいます。
「この相手が “崩れた” 状態の時に、前に出そうとする膝に足を投げ出すと・・・引っかかって倒れますよね。これが柔道の相手を崩して技を掛ける仕組みなのです。」と向井先生に技を掛けるタイミングを教わり、実演に通りにやってみると、勝手に相手が転がっていきます。人体の仕組みを分かりやすく紐解きながら柔道技に繋げていくことで、”柔よく剛を制す” と言われる意味がストンと腹落ちしていきます。
「因みに、この動きを立った状態でできるようになると、“膝車” という投技の一つになります。皆さん、既に一つの技を習得しましたね。」と、向井先生に褒めていただき益々やる気がみなぎってきました。先生方は、生徒を乗せるのがとても上手い(笑)!
教わる人の経験値や、反応を見ながら時にユーモアを交えて様々な視点から指導していただくことで、今まで抱いていた『柔道をするって大変なんだろうなぁ』というイメージが払拭され、『あぁ、柔道って人体の理にかなった誰でも気軽に出来る運動なんだ!』ということに気付かされます。
柔道家になった気分で!先生との交流
柔道の技の種類は、投技68本、固技32本の計100本! 投技の実践は、やはり受身がしっかりできるようにならないと危険ということが分かりましたので、「7日間の稽古では、技を習得するまでは到達しないのだろうなぁ・・・」と思っていました。
すると、「それでは、ひとつの技を実際にかけてみましょう。柔道でよく使う固技のひとつ、袈裟固(けさがため)をやってみます。」と有川先生に提案され、私たちに笑顔がこぼれます。袈裟固は32本の固技の中にある抑込技の一つで、相手をあおむけにして概ね向かい合い、首と片腕を制して抑え込む技です。足を大きく前後に開いてバランスをとり、脇に挟んだ相手の腕をしっかりとロック。相手がブリッジをしたり、足を自分の足に絡めて逃れようとするのを持ちこたえる必要があるため、しっかりと相手に上半身を密着させながら足の動きにも注意しなければなりません。
「それではお互いに技をかけ、それから逃れる練習をしましょう。」と、有川先生と藤中先生の実践を見つめます。ズサササ、ザザッと、畳と柔道衣が擦れる音は逃れようとする藤中先生の動き。これ実際にやってみますと、畳と柔道衣が密着してなかなか動くことができないのです・・・ 「できるだけ畳と柔道衣の接地面を少なくすることで、摩擦の抵抗力を弱めて動くことがポイントです。」と、物理学を鑑みた動きのポイントを向井先生が教えてくれます。
加賀さんと組んで3~4回攻守を入れ替えます。互いに逃れたり抑え込んだりと集中して取り組んでいますと、身体全体が熱くなりじんわりと汗が出て息が上がってきます。「相手との距離、また畳との距離といった “非日常的な近さ” が自分にとってまさに異世界でした。知らない土地へ旅すること、言葉の通じない海外へ行くことも異世界ですが、日常生活の中で “いつもより一歩近づいてみる” ことで覗くことのできる異世界があることを教えてくれた今回の講道館朝稽古には感謝ですね。」と加賀さんが話していたとおり、時間を忘れて異世界を楽しみました。
有川先生にお願いして、私と加賀さんがそれぞれ受、取として袈裟固を体験させていただきます。先ずは加賀さんが有川先生の技から逃れる場面です。フン!フン!と加賀さんが力を入れますが、全く動きません・・・ 「ここまで決まると有段者でも逃れることは難しいのですが、身体を密着させてスペースを空けないことで、力を入れなくても相手は動けなくなるのです。」と、抑え込むポイントを教えてくれる有川先生。
今度は私が有川先生に袈裟固をかける場面です。教わった通り、有川先生に体を預けて隙間無く抑え込んでいたと思っていましたが、スッっと有川先生が動いた瞬間にあっという間に技が解け、今度は私が袈裟固をかけられた状態になってしまいました!「脇に少しスペースがあったので、そこから一気に腕を抜くことができましたよ。」と涼しい顔で抑え込む有川先生。
腕力で相手を抑えつけないと言いますが、一体有川先生はどこに力を入れるのですか?と尋ねると、「あばら骨の下辺りにある筋肉を締める位ですかね。」と答えた瞬間、一気に身体が抑えつけられて息ができません・・・ そもそも、その部位の筋肉はこんなに収縮するのか? その部位の筋肉を強めるだけで息もできなくなるのか?と苦しみながらも感心して聞き入ってしまいました。
更に、「折角なので、絞め技も体験してみましょうか?」とニッコリ微笑む有川先生。絞技とは抑込技、関節技と合わせた、固技32本に分類される技。並十字絞、逆十字絞、片十字絞、裸絞、送襟絞、片羽絞、胴絞、袖車絞、片手絞、両手絞、突込絞、三角絞の12種類があり、素人でも分かる “必殺の強力技” です!
「実際にかける寸前までやってみます。本当にかかってしまうと、とても苦しいので(笑)。」と話す有川先生の笑顔に、一同沈黙・・・ その沈黙を破り、最初に臨んだのは加賀さん。「しない後悔より、して後悔。」と前向きな加賀さんの頸動脈(けいどうみゃく)に有川先生の袖が触れた瞬間、「ウッ!」という声と共に顔が真っ赤になってしまった加賀さん。もちろん、私も次に実演していただきましたが、手を添えられただけで息苦しくなるんです!
この体験には続きがあります。それは、落ちた後の正しい活法。絞められて落ちるのは、頚動脈洞反射によるもの。頚動脈の血流が遮断されると迷走神経が過剰な反射を起こし、心臓にその情報が伝わり徐脈(拍動が異常に遅くなる)となります。すると、血圧が低下して脳幹へ行く血液が少なくなり脳幹での酸素量減少で失神状態に陥るという仕組みです。
意識がなくなりスッと落ちた場合、頚動脈の血流が回復すれば意識は戻るため、すぐに活を入れて起こす必要があるのです。
落ちた人をうつ伏せにした状態から、両腕で背中をグッと押し込んで上半身から脳に向けて血流をうながすことで意識が戻るという訳なのです。
少ない時間でも効果的な指導で柔道技を体験することができた初心者の私ですが、それを実戦で使ったり、いつまでも記憶し続けるには継続的な修練が必要です。しかし、様々な理由で続けることができなくとも、実際に柔道家の先生たちと組ませていただいたり、試合で選手たちが見せる動きのポイントを体感することで、柔道への理解や関心が深まったことは間違いありません。
礼を学び、日本人であることに誇りを持つ
海外で柔道が人気である理由のひとつに、日本人が持つ礼儀正しさが身に付くという話しを良く聞きます。先生方が醸し出す柔道家のオーラには、この礼儀がしっかりと身に付いているからこそ。そんな先生方から、柔道における礼儀を学ぶことも「あぁ、柔道の生まれた国である日本人で良かったなぁ。」と体感することができる朝稽古の魅力でした。
稽古の開始時と終了時には必ず、嘉納師範のお写真に向かって坐礼(講道館では ”座礼” ではなく “坐礼” と書くのです!)をした後、先生方と対峙して坐礼をします。坐礼を基本とする講道館では、その坐礼の仕方にも実戦を想定したやり方があるんです。
「坐礼は、片膝ずつ畳に着けて先ずは膝で立っている姿勢になります。その際、足の甲は畳に着けずに足のつま先を立てた状態にして下さい。こうすることで、座る直前に攻撃されても反応できるという訳です。」と、有川先生が正坐(講道館では ”正座” ではなく “正坐” と書くのです!)するまでの作法を実践しながら解説します。なるほど!常に気を抜かない姿勢がここにもあるのですね。
「正坐した際は、足の甲同士は重ね合わせずに親指同士のみを重ねて座ります。楽な姿勢で両手のひらを腿(もも)の付け根に置き、礼と同時に腿を滑らせるように手を畳の上に持っていきます。手で “お握りくらいのハの字” の形を作って両指は6cmほど空けると綺麗な坐礼になります。」と、凜とした坐礼を見せる有川先生の姿は本当にカッコイイ! 教わった通りにするだけで、既に一端の柔道家になった気分になります。
「立礼は、つま先を少し広げて坐礼と同じく手のひらを腿の付け根から膝上位まで滑らせることで綺麗な姿勢となります。」と教わり、こちらもその通りに試すと背筋が伸びて綺麗な立礼となりました。日本人は何かと礼をする機会が多く、海外でも私たち日本人をみると礼(実際にはお辞儀のようなもの)をしてくる外国人の方が多いですよね?
部活動や年始のお参りなど、子どもの頃から礼をする機会が多いため何気なしに頭を下げていた私。講道館で習った坐礼、立礼を身に付け、日本人であることに誇りを持って海外でもしっかりとした礼をしたい!と決意を新たにしました。
坐礼、立礼を正しくすると、全体的に姿勢も良くなります。ため息が出るほど凜とした立ち姿、座り姿が特に印象的だったのは、三浦 照幸(八段)先生。三浦先生は、オリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した女子柔道界で最も有名な柔道家のひとりである『YAWARAちゃん』こと谷(旧姓 田村)亮子さんの全盛期を支えた、有名な柔道家です。
私たち初心者クラスが上手に受身をできないところを見るや、やさしい笑顔で「両足をもう少し広げてみて。」「引き手をしっかり握ってあげると、もっと相手が楽に受身を取れますよ。」など、ひとりひとりに合った指導をしていただきました。直ぐにやってみると、不格好だった受身が見違えるほどスムーズになります!
83歳となられた現在でも、お子さんを中心にした指導を続けられている三浦先生。日々の鍛錬が健康を保つ秘訣なのかもしれません。本当に憧れる存在ですね。
7日間を振り返って
「今日も元気に来てくれましたね。柔道を楽しんでくれていますか?」と、毎朝やさしく声を掛けていただいたのは、上村館長です。以前、Journal-ONEの独占インタビューでもたくさんお話をしていただいた上村館長も、朝稽古の期間中は毎日最初から最後まで道場にお越しになって参加者たちの修行を熱い眼差しで見つめていました。
「正直、7日間やり切るとは思っていませんでしたよ(笑)。本当に頑張りましたね!お疲れ様でした。」と、仮屋先生も私が体験取材を無事にやり遂げたこと驚きながらも喜んでいただきました。
記録映像を撮っている先生、全体の進行管理をされている先生、柔道の指導だけで無くこういった運営の仕事をさせている先生方も、「おはようございます。」「身体は痛くないですか?」「給水タイムでは必ず水分を補給して下さいね。」と、参加者全員に目を配って声を掛けられています。
また、朝稽古後に参加者が着替えて帰るその横で、毎日の稽古について気付いた点などを皆さんでミーティングされていました。
ご自身の柔道の探求はもちろんですが、多くの人たちに柔道を広めるために、朝稽古のような新しい機会を提供したり、生徒の反応を共有してより分かりやすい指導方法を話し合ったりと、絶え間ない創意工夫が世界中の多くの人たちに柔道が支持されている理由なのだと思います。
第2回講道館朝稽古も、7/31~8/5(6日間)で開催されており、今後も新たな柔道を学ぶ機会が提供されるかもしれません。日本が誇る柔道を “やってみる” “感じてみる” ことで、新しい気付きを与えてくれる講道館の今後の取り組みに注目していきたいですね。