都会の真ん中にある柔道の総本山
プロ野球・読売ジャイアンツの本拠地である東京ドームや、ビルの壁穴を突き抜けて走るジェットコースター(サンダードルフィン)などで知られる都市型遊園地・東京ドームシティアトラクションズがある東京都文京区の後楽園は、日本屈指の観光スポットです。
この東京ドームシティのすぐ近く、東京都文京区の春日には、柔道の創始者である嘉納治五郎師範の意思を受け継ぎ、1882年(明治15年)の創立以来、140年以上の歴史を持つ柔道の総本山・講道館があります。
8階建ての “講道館国際柔道センター” と、7階建ての “講道館 本館” の大きな建物からなる講道館には、日本国内の柔道家はもちろん、海外の柔道家や柔道に興味がある外国人たちがわざわざ講道館を訪ねるために来日する、まさに “柔道の聖地” なんです。
ここ数年、日本国内の各地域では “訪日外国人(インバウンド)” を多く受け入れようという機運が高まっているのですが、このインバウンドブームが起こるずっと前から海外の方たちを引き付けている講道館。その理由はどこにあるのでしょうか?
Journal-ONEは、世界中で親しまれている柔道の総本山・講道館の第5代館長であり、トップアスリートとしてオリンピック金メダルにも輝いた上村 春樹さんにお話を伺いました。上村館長へのスペシャルインタビューに続いては、講道館にある様々な施設を取材!世界中から人々が集まる “柔道の聖地” 講道館の魅力をレポートします。
柔道の創設者・嘉納治五郎師範に一礼
講道館を訪ね、都会の喧騒に包まれた文京区春日にやってきました。玄関前に立つと、不思議と周りの雑踏を忘れてしまうほどの静けさを感じます。
和服姿で凛とした立ち姿は自然体。遠くをしっかりと見据えたとても優しい顔立ちが印象的な銅像が来館する人たちを迎えてくれています。
“自然体” とは、柔道の立ち姿勢での攻防に最も適した基本的な姿勢のこと。全身の力を抜いて、両足を肩幅に広げ、左右の足に体重を均等にかけて、右足を斜め前に出して半身に構える右自然体の男性は、柔道の創設者である嘉納治五郎師範の銅像なのです。
今にも動き出しそうなオーラのある嘉納師範像の作者は、明治から昭和にかけて活躍した “東洋のロダン” と呼ばれた彫刻家・朝倉文夫の作。重要文化財に指定されている “墓守” や、早稲田大学構内にある “大隈重信像” など多数の名作を世に出した近代日本美術界重鎮の名作なのです。嘉納師範像に一礼、姿勢を正して講道館国際柔道センター(新館)に入りました。
貴重な資料から柔道を学ぶ ⁻講道館柔道資料館
1984年に完成した8階建ての新館。まずは2階にある “講道館柔道資料館” に行ってみることにしました。
“資料館” と掲げられた部屋は、資料展示室。講道館の発展の軌跡を伝える当時の資料や写真などが展示してあります。
入ってすぐに目に飛び込むのは、正面奥にある大きな書です。「無心にして自然の妙に入り、無為にして変化の神を窮(きわ)む」と書かれたこの筆の主は、明治維新で活躍した偉人・勝海舟です!1907年(明治40年)に行われた講道館柔道下富坂道場の落成式において、嘉納師範の演ずる形に感銘を受けた勝海舟が揮毫して贈られた貴重な書なのです。
他にも、柔道の歩みが分かる当時の写真や資料、貴重な書などが数多く展示されています。この日、アメリカから旅行に来たと話してくれた男性2人も、熱心にひとつひとつ資料を眺めては2人で話し込んでいました。
資料館の横にはもうひとつ部屋があります。“師範室” と書かれた部屋は、嘉納師範に関する資料を集めたコーナーです。柔道の理念を表す「精力善用」「自他共栄」が揮毫された掛け軸をはじめ、嘉納師範のさまざまな事績にまつわる資料や写真、筆や硯といった遺愛品などを公開しています。
特に印象に残った資料は、専用ケースに入って丁寧に保管されている稽古衣。なんと、この稽古衣は嘉納師範が実際に着用していたものなんです!
何度も何度も修繕したと思われる跡が残り、全身ボロボロになった稽古衣を見ると、嘉納師範がいかに柔術修行に情熱を注いでいたか、愛用のものを大切にしていたかが伺えます。また、柔道家としてだけではなく、教育者としても活躍した嘉納師範の多様な活躍を知ることのできるコーナーも時間を忘れて見入ってしまう貴重な資料ばかりでした。
「柔道は何段まであるんだろう?」と疑問に思う方は少なくありません。講道館柔道の最高段位は十段で、その人数はわずかに15名なのです。
この十段授与者を含め、講道館柔道の普及発展に特に顕著な功績のあった方々の中から選ばれた19名が柔道殿堂として紹介されているのが “殿堂” と書かれた看板のコーナーです。
掲示された肖像写真と略歴には、小説「姿三四郎」のモデルといわれる西郷四郎六段や、アメリカのルーズベルト大統領に柔道を教えた山下義韶十段、講道館最初の入門者富田常次郎七段などが顕彰されています。
聖地に寝泊まりして柔道に没頭 -宿泊施設
海外から訪れる柔道家や、国内の地方から訪れる柔道家は、何日も滞在して練習に明け暮れますので、宿泊施設の確保は最初に考えなければならない問題です。素人考えでは「近くのホテルや旅館を探して・・・」となりますが、そのコストも頭を悩ませるところ。
そんな悩みを解決できる宿泊施設が講道館の中にあると聞き、特別に見せていただくことにしました。
新館3階に設けられた宿泊施設は、大部屋(12人部屋)3,300円やシングルルーム5,500円など、長期滞在する柔道家にとって嬉しい価格です。特別シングルルーム、特別ツインルームなど、多彩な部屋タイプもあって、起床後直ぐに道場に向かうことのできる立地も抜群です。
※価格は1名1泊の税込み
取材したこの日、フランスからやってきた柔道家に話しを聞くことができました。
「講道館で練習をするたびに利用しています。リーズナブルで利用しやすく本当に快適です。」と教えてくれた男性の柔道歴は50年以上!「柔道の魅力は、相手を敬い自分を高める人生における修行そのもの。今は指導者として、フランスの子どもたちなどにその魅力を伝えています。」と素敵な笑顔で話してくれました。
様々な方が学べる数々の道場
世界各国から毎日たくさんの修行者が集まり、柔道の稽古に励む柔道の総本山・講道館。
集まってくる柔道家は、国際大会に出場するようなバリバリの競技者をはじめとした、経験者ばかりではありません。初心者、女性、子供たちなどさまざまなニーズにはどう対応しているのでしょうか?
その答えを見付けるため、新館5階と6階にある数々の道場を見せていただきました。
先ず見学したのは、5階の “女子部道場” と “少年部道場” です。女子部道場は240畳、少年部道場の114畳と大きな空間を持つそれぞれの道場では、年齢や性別、レベルに応じた指導が行われています。
講道館少年部は、「精力善用」「自他共栄」の精神を柱として少年の健全育成を図ることを目的とし、柔道を通じた心・技・体の健全な発達と、礼儀を重んじる態度を育てていくようなカリキュラムが策定されています。
指導員の先生方に付いて一生懸命に柔道をする子どもたちの真剣な眼差し、嬉しそうな笑顔を見ると、私たちまで心が温かくなります。
小学校に通う前から、柔道の総本山・講道館で柔道を学ぶという貴重な経験をされているちびっ子柔道家の皆さん。ここから、オリンピックに出場するような選手も出てくるのでしょうが、講道館で柔道を学んだという貴重な経験は、その後のさまざまな進路においても役立つこと間違いありませんね。
6階には、240畳ある “学校道場” と、192畳ある “国際部道場” があります。
柔道を学びたい方のために “学校講道館” というシステムがある講道館。東京都各種学校に認定されている学校講道館は、独自の教育カリキュラムに基づいて、柔道の理論と実技、一般教養についての教授と指導を行っているとのこと。
学校講道館は少年部・成年部(男子部・女子部)があり、初心者はまず普通科で3ケ月の修行を行い、普通科を卒業すると特修科に移ります。そして成年部では特修科での9ケ月の修行を経て初段を目指しています。
成年部には、お仕事を定年退職してから柔道を始める方も居るとのこと。
「私は、60歳を過ぎてから柔道を学びはじめました。」と話してくれたのは、吉岡 隆さん。「毎日、少しずつ柔道を学び、黒帯に昇段したときには自然と涙が溢れてきました。」と言う吉岡さんの腰には、立派な黒帯が締められています。
「なかなか身体が言うことを聞かず、次の昇段試験に向けて苦戦中ではありますがまだまだ頑張りたいですね。」と笑顔で話すその立ち姿は “自然体”。高齢化社会と言われる日本の未来は、シニア世代が元気に毎日過ごすことも重要。柔道を学び、稽古することで吉岡さんのような元気な身体を得ることができる。日本の社会課題の解決に柔道が寄与している一端を見ることができました。
国際部道場では、外国人の方が20名ほど足技の練習をしています。
国際部に通う柔道家は、留学している学生や外資系企業の日本支社で働いている方が多いとのこと。来日した好機を活かして柔道の総本山・講道館で柔道を学ぼうと、初心者でも積極的に参加しているのだそうです。
「来日の思い出に、講道館で柔道を学びたい。」こういった姿勢からも、柔道が世界中で愛されていることが分かりますね。
420畳の大道場に集まる柔道家たち
いよいよ、講道館の “大道場” を見学するため、7階にやってきました。フロア全体に広がった420畳の大道場は、同時に4試合ができる大きさ。その広さと国内外の猛者たちが集まる聖地のオーラに、一段と緊張感が高まります。
稽古や試合、練習会や講習会など、年間を通じて様々な行事が実施される大道場ですが、取材したこの日は、全日本実業柔道連盟の選手たちが集まっての合同練習が行われていました。名だたる企業の名前を背にした屈強な柔道家、大学の柔道部員、海外から参加している柔道家たちなども参加した練習会は、ざっと見ても200人はいるでしょうか?指導員の掛け声と共に一斉に正座して、上座に設置された嘉納治五郎師範のお写真に向かって礼をします。
大道場の上座には、嘉納治五郎師範の写真が飾られていて、一段高くなった空間には嘉納師範が練習を一望できるように椅子が設置されています。柔道の創始者・嘉納治五郎師範に稽古を見て頂いている緊張感が、選手たちの動きを更に高めているように感じます。
先ほどインタビューをさせていただいた、講道館第5代館長の上村 春樹さんも柔道衣に着替えて選手たちの動きを見守ります。
上村館長は、1976年モントリオールオリンピックの柔道無差別金メダリストでもある、世界的に有名なアスリート!腰には紅帯が巻かれています。紅帯は九段、十段だけが締めることを許される帯。オリンピック全日本チームの監督など、選手強化に長く携わられていた上村さんは、真剣な眼差しで練習の様子を見ては気になる選手に技術指導していました。
選手たちが行っていたのは乱取り。試合時間を想定し、ブザーが鳴るたびに自分で選手を見付けては、様々な技を掛け合いながら自分を高めていきます。フランス、スロベニア、トルコなど世界各国のゼッケンを付けた選手たちも、それぞれで相手を見付けては汗だくになって乱取りを続けていました。
とりわけ大きな身体を巧みに使い、寝技に持ち込んでいる柔道家がいます。背中のゼッケンを見ると・・・ 金色に輝いています。えっ!チェコの英雄・Lukas KRPALEK(ルカシュ・クルパレク)選手ではないですか!
クルパレク選手は、東京オリンピック100kg超級で金メダルを獲得。2016年のリオ・デ・ジャネイロ大会では100kg級の金メダリストでもあるんです。2023年5月にドーハで行われた世界選手権では、階級を100kg級に戻して銀メダル。来年のパリオリンピックでも有力な金メダル候補として、チェコ国民の期待を一身に背負っている選手です。
そんな柔道界のレジェンドが、200名近く集まった柔道家たちと乱取りを繰り返す姿に驚いていると、「日本の選手は技術が高く、得意な戦術も様々です。こういった選手たちと練習することで、国際大会でどんな選手と対戦しても対応できるようになるのですね。ですから、クルパレク選手に限らず世界中のナショナルチームの選手たちは、度々講道館に来て日本人選手たちを相手に練習しているのです。」と上村館長が教えてくれました。
最上階の8階には、大道場を一望できる観覧席が四方に設置されていて、この日も国内外を問わず多くの方が見学に訪れています。
先ほど、資料室で話しを聞いたアメリカ人男性ふたりを始め、大道場で練習をしている仲間を応援しに来たフランス人の友人たち、先程まで乱取りをしていたスロバキアから来日した柔道チームの子どもたちも熱心に練習を見守っていました。
帰り際には1階にある売店にも訪れていた見学者の皆さん。
漢字で書かれた柔道のTシャツや、キーホルダーなど、柔道の聖地を訪れた記念にお土産を買い求める人たちで賑わっていました。中には講道館のマークが刺繍された柔道帯などもあります!講道館で買った帯を締め、聖地で学んだことをいつでも思い出しながら母国の練習場で柔道に励まれるのでしょうね。
初心者も参加できる朝稽古
これほどまでに国内外から様々な人々が集まる、柔道の総本山・講道館。初心者の私たちも一度は体験してみたいとは思いますが、いきなり通って学ぶには・・・
そんなニーズに応えるべく、この夏、講道館では新しい取り組みが始まります!
その企画は “朝稽古”。誰でも参加できる短期間の体験は、7月 5日(水)から 7月11日(火)の7日間で行われる第1回と、7月31日(月)から8月 5日(土)の6日間で行われる第2回に分かれて設定されています。
講道館国際柔道センター 7階の大道場で柔道を体験出来る貴重な経験は、何と参加費無料!未経験の方には柔道衣レンタルもしてくれるのです。
午前7時から午前8時30分までと、これから陽が高くなり暑さが増してくる夏のまだ涼しい時間。少し早起きして通勤や通学前に身体を動かすと、夏バテ防止にも効果がありそう。一般の有段者の方々の練習を横目に自分たちもいつか黒帯をという気分も高まるかもしれません。
詳しい案内は、講道館ホームページで紹介していますので、是非クリックしてみて下さい。