日本初のスポーツ会議で議論
日本を舞台にした国際スポーツ大会、”ラグビーワールドカップ2019” “東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020大会)” が私たちに残してくれた様々なレガシーを活かし、よりよい未来を作っていこう!
そんな想いを実現すべくJAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE 岸清一メモリアルルームで開催された、スポーツ政策について協議・提言・推進するための日本初会議 “日本スポーツ会議2023” 。
日本オリンピック委員会や日本スポーツ協会、日本パラリンピック委員会をはじめ、国・自治体・経済界などの様々な分野でスポーツに携わる人たちが参加し、基調講演やパネルディスカッションなどでスポーツ政策の今を共有し、日本スポーツ会議提言2023が発表されました。
この会議において最も時間を割いて議論されたのは、今最も大きな課題となっている “新しい地域スポーツの創造” 、特に公立中学校の休日部活動の「地域移行」を踏まえた地域スポーツの在り方を主題に議論が展開されました。この記事では、様々な分野でこの課題解決に取り組む方々のお話を中心にレポートしていこうと思います!
岸田 文雄 内閣総理大臣、遠藤 利明 自由民主党総務会長、室伏 広治 スポーツ庁長官など豪華な顔ぶれの登壇者の方々のスピーチや講演は、日本スポーツ会議の記事で紹介しています。併せて是非ご覧下さい。
SDGsに次ぐキーワード・ウエルビーイングに向け
地域におけるスポーツ権の充実
シンポジウムの冒頭、「国連やOECD等では、SDGs(持続可能な開発目標)に続く新たな議論が始まっています。」と話すのは、鈴木 寛東京大学教授・慶應義塾大学教授です。
「(SDGsが達成される)2030年以降、重要となるキーワードはWell-being(ウエルビーイング)です。日本でも既に様々な政策にウエルビーイングというワードが出てきています。このウエルビーイング(豊かさの実感)を達成するには、スポーツで健康を維持していくことが無くてはならない政策です。」と鈴木教授。
一方、スポーツ健康文化政策のベースとなる中高生・小学生のスポーツ権(する、みる、支える。集まり、つながる)の保障が急速に崩れつつあることに警鐘を鳴らします。
「スポーツ権の保障とは、居住地にかかわらず、安全な指導体制とスポーツが楽しめる環境の下で、当該スポーツの最低競技人数が確保されることが前提。」とした上で、「スポーツ基本法の立場で言えば、スポーツ権の保障は、指導員の質、活動人数、安全な活動環境のいずれが欠けても駄目なんです。」と具体的な課題点を挙げて説明する鈴木教授。
「各市町村、各都道府県は早急な実態把握をし、もはや部活が成立していないあるいは5年後には消滅の危機に瀕する地域が少なくないと言うことを認識することが大事。老若男女のスポーツ権だが、先ずは子ども達の問題に取り組まねばならない。」と部活動の課題解決を第一に掲げられているのです。
鈴木教授は、先ずは実態把握を統一化して行うべきとのこと。
地域医療計画を参考に新指針を出し、地方スポーツ推進計画を再策定すべきとその具体例を挙げて解決策を提示します。
「6つの調査項目(1:地勢と交通、2:人口構造、3:人口動態、4:住民の健康状況、住民のスポーツの実施状況、5:住民の受療状況。スポーツの実施状況、6:医療提供施設の状況、スポーツ施設の状況)を医療と同じく、国公立大学から民間までの医療体制に応じて圏域を設定し、青少年が活動できる二次交通の実態を把握する。その上で、こども達のニーズなどを調査して当てはめていく・・・」
なるほど、既に全国で実施されている医療提供施設の圏域化とスポーツの出来る環境の圏域化を重ね合わせると、どの地域の子ども達も同じようなスポーツ権を確保できると言うことですね。とても分かりやすい解決事例です。
運動部活動改革と地域スポーツのこれから
「部活動の歴史、部活動の良さもあるため、運動部活動改革には賛否両論渦巻いて当たり前。」と、シンポジウムを始めたのは、友添 秀則(公財)日本学校体育研究連合会会長です。
スポーツ庁「運動部活動の地域移行に関する検討会議」の座長として取りまとめに尽力されている友添会長。
今回の改革スケジュールは、2023年度から25年度末までの3年間を “改革集中期間” とし、まず休日の部活動から段階的に地域移行するということです。そうなれば “運動部活動における歴史的な転換” となるのは間違いありません。
一方で、「このまま何もしないと、部活動衰退と消滅、地域コミュニティの衰退・荒廃を招くことは避けられません。地域のソーシャル・キャピタル(社会関係資本)としての地域スポーツには期待がかかります。地域の人々がスポーツで “あつまり” ”つどう” ことで多世代、且つ多様な人々のネットワークをより強固にするのが地域スポーツの在り方であります。」と、部活動という仕組みの善し悪しでは無く、社会関係資本を維持していくために必要な対策を講じる時だと友添会長。
「地域ごとの実状を踏まえた上で、“生徒のスポーツ権” の確保を最大の目的として。生徒がスポーツの目的・嗜好・技能等に応じて、自らが行いたいスポーツに親しむことができる環境を整備する。中学生の生徒にとって相応しいスポーツ環境の構築が、他の世代にとっての地域スポーツ環境の改善につながるように環境を整備する。」と、友添会長はその波及効果についても言及します。
子ども達のためにスポーツ環境を再構築することが、私たち全ての世代がスポーツを楽しみ続けることが出来ると言うことなんですね。
賛否両論と言うことで、先ずは部活動の良さとして “全ての生徒に参加選択権が保障されている公平性” “参加費が無料で経済的な負担が少ないこと” “正規教員の責任下で指導に当たることによる安心感” などを挙げる一方、「国は学校の本来業務に部活動が該当していないことを明言している。」と、実は部活の法的位置づけが曖昧でるという驚きの実態を話してくれました。
更に、中学校部活動顧問の現状について調査した結果でも驚きの声が上がります。
「部活動の顧問に携わる教員の45.9%が体育教員以外であり、現在指導している競技の経験が無い。それ故、39.5%が自分自身の専門的指導力の不足を感じていたり、公務が忙しくて思うように指導できないと25.6%の教員が回答している。」と、指導する教員のご苦労をうかがわせる数字が出てきます。
「9割近くの学校が、部活動の顧問になることを勧めており、教員が部活動に費やす時間は平均で、平日1時間、土日で3時間。中でも毎日指導している教員の学校滞在時間は、平均で何と11時間55分です。就寝や食事、通勤時間を含めると殆ど自分の時間が無いということになります。」と、教員の逼迫する労働環境について数字を挙げて説明する友添会長。
また、中学校の生徒数と部活動数の推移も紹介します。
「2004年から2016年の12年間で、毎年1万人、合計で12万人の生徒数が減少していますが、運動部の数は男子65,000、女子57,000からそれぞれ僅か2,000部程度しか減っていません。これにより、ひとつの運動部あたりの所属生徒数が大幅に下がっているということが分かります。そのような状況下でも、教員の皆さんが部活動の維持に踏ん張ってきたことが言えるのではないでしょうか。」と、現場の教員の奮闘ぶりに敬意を表する一方で・・・
2001年から2020年の間で、部活動を行う生徒の数が、全国で70万人も減った(263万人から193万人に減)こと。それが単なる少子化の影響だけではなく、主に女子生徒を中心にスポーツに興味はあっても部活動に参加しない数が増えていること。友添会長は、「運動部や地域のスポーツクラブに所属していない中学生が運動部活動に参加したいと思う条件として、好きな、興味のあるスポーツを友だちと楽しく、自分のペースで行うことが出来るのならばやってみたいと言う声が多く、特に女子中学生の6割前後が男子でも4割がそういったニーズがある。」と、生徒側の嗜好の変化にも目を向けます。
少子化、教員の多忙化と疲弊で生徒のニーズに応じた部活動自体が成り立たなくなっているという課題を分かりやすく数字を見立てて説明することで、部活動の改革が待ったなしであることが良く分かりますね。
「こういった状況を踏まえた上で、運動部活動の地域移行に関する検討会議提言では、少子化の中でも将来にわたり我が国の子どもたちがスポーツに継続して親しむことが出来る機会を確保しようという立場の下で、“楽しさ” “喜び” というスポーツの本質論に立とう。地域の持続可能で多様なスポーツ環境を一体的に整備し、単なる水平移行ではない、子どもたちの多様な体験機会を確保しよう。そのためには、スポーツ団体等の組織化、指導者や施設の確保、複数種目の活動機会も提供しよう。」と、ここまでの提言は実態との強い関連性があってのことだと話します。
では実際に、休日の地域スポーツクラブ活動はどのように変わっていくのでしょうか?
友添会長は、市町村が運営団体の場合、民間団体が運動団体の場合、そして学校部活動の地域連携として整理した後に民間に移行していくといケースといった3つのモデルケースを挙げて移行イメージを図示します。
ただし、地域移行に際しての課題もあるようです。
「地域での受け皿をどうするか? 教員に頼らない指導者をどう確保するか? 学校施設を出来るだけ活用できるか? 大会に参加できない問題、会費の問題、保険加入などの安心安全の問題、運営団体と実施主体、予算の問題など・・・まだまだ解決すべきことはあります。」と友添会長は更なる課題を挙げます。
部活動の在り方については、随分前から問題視されていました。「運動部活動については、徐々にその課題を提起してきました。2018年に運動部活動の在り方に関する総合的なガイドラインを出して、学校単位から地域単位に移行しなければならないと少しだけ書いていた。そして2020年には学校の働き方改革を踏まえて地域スポーツの地域移行が名言化された。そして2022年12月には学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的ガイドラインが出た。これからもさまざまな意見やアイデアを出していただいて、議論しながら進めていきたい。」と話す友添会長。
Journal-ONEでは、今後も運動部活動改革と地域スポーツのこれからについて、取材を続けていこうと思います。
自治体の好例から学ぶ
「市民一人1スポーツの推進を行っている。」と、市で取り組み事例を紹介したのは吉田 信解(しんげ)本庄市長です。全国市長社会文教委員会委員長でもある吉田市長は、人口8万人弱、埼玉県北部に位置する本庄市で40年以上前からある “市民一人1スポーツ” というスローガンを地面に確りと根を張り、葉を茂らせる1本の大木に例えて具体例を挙げていきます。
「スポーツの日に開催している市民が様々なスポーツやレクを体験出来るイベント “スポレクフェスタ” は、自治会毎に開催していた体育祭開催が難しくなり、スポーツ推進委員、スポーツ協会などの団体と行政が一緒になってリモデルしたイベントなんです。」と、次代の流れに柔軟に対応して成功している事例を紹介。
東京2020大会のホストタウンとしてトルコ共和国視覚障害者スポーツ協会と繋がり、障がい者スポーツで共生社会の実現をしたこと。盲目の国学者・塙保己一生誕の地であることにかけて、ロービジョンフットサル、ブラインドサッカーなどの大会開催などにも取り組んでいること。市内に系属高校のある早稲田大学との協働をしていることなどを紹介します。
「部活動の地域移行では、地域によって様々な事情があります。地域の実情に応じた部活動の在り方の最適化を図ることが重要だと考えます。」と、全国市長会社会文教委員会委員長としての考え方も示されていました。
パネルディスカッションで議論
「地域スポーツの新しい可能性と部活改革」
勝田 隆東海大学教授を進行役に、細田眞由美さいたま市教育長、増子恵美福島県障がい者スポーツ協会書記、鈴木教授、友添会長、吉田市長が議論を交わしたパネルディスカッションも、様々な視点から部活動の在り方を考える貴重な時間となりました。
“学校教育、生涯学習” の側面から細田教育長は、「昨年6月6日に発表された検討会議の提言は、今までの少子化への対応と教員の働き方改革という “学校教育” に関するものから、子どもたちがスポーツや文化活動を生涯にわたって楽しむために地域に新しいスポーツ・文化環境を創造する必要があるという “生涯学習” の論点が盛り込まれた。これは大きな意義を持つこと。老若男女誰もがスポーツを楽しむために部活動を地域全体で支えていく。それがウエルビーイングな街づくりにつながっていくのではないかと考えます。」と、部活動改革が私たち全ての世代に関わる課題解決に繋がる重要性を指摘します。
鈴木教授はシンポジウムでの紹介を引用しつつ、「右肩上がりの人口増加の中で創られた制度が、人口減少社会において如何に無理があるかという実態を認識すべきです。今後は、従前のスポーツ推進政策を策定した人だけで無く、様々なステークホルダーを集めて推進計画案を策定し直すべきでしょう。プランを立てたら常にPDCAサイクルを回すことも重要です。」と、多くの人たちが参画して、実証実験、定点観測の数値を把握して、全体でシェアする重要性を話します。
「明治時代に始まった部活動の流れは、社会経済全体の発展の中で一緒になって発展してきたのです。世界に負けない国創りは当時の “強者の論理” に基づいていたが、今となっては勝利至上主義だけでは運動部活動は成り立たない。人間関係、社会関係を創る “社会関係資本” としてスポーツが必要な時代なのです。」と、友添会長も時代のギャップを指摘します。
また、細田教育長は「部活動は、教員側の学校運営において役に立っていると言う視点だったが、アンケート結果から子どもたちの観点は、”友だちや先輩と一緒に活動できる” “授業で習わないことを習う” “思い出になる” とその意義に双方に乖離がある。」と、学校側・教員側のマインドセットも必要であると別の視点での課題を挙げます。
「障がい者スポーツは部活が無く、地域でスポーツを続けるために組織化したりしています。部活の地域移行は教員同士で熟議すべきです。立ちゆかないと言ったのも教員だし、必要だというのも教員。先ずは学校毎に話をすべき。特別支援学校のスポーツ権確保の努力などを参考に、部活動を地域スポーツに移行する策を学ばなければなりません。」と、障がい者スポーツを参考に議論を深める提案を鈴木教授がすれば、吉田市長も、パラスポーツのホストタウン誘致例を挙げ、大使館や大使、奥様との交流や、別競技での水平展開(2019年のブラインドサッカー世界大会の合宿地)にも繋がった好例を紹介します。
子ども達の視点に立って、また地域の特性も踏まえながら、多くの関係者達がもっと議論を深めていくことが重要であることを共有し、パネルディスカッションは大きな拍手を受けて終了しました。
今後の取り組みにも注目!
この日の “日本スポーツ会議2023” で議論された、「新しい地域スポーツの創造」の内容を踏まえた7つの提言 “日本スポーツ会議提言2023” が、遠藤 利明NSPC理事長から発表されました。こちらは、日本スポーツ会議の記事で紹介していますので、是非読んで下さい。
また、今回紹介できなかった、JOC(日本オリンピック委員会)、JSPO(日本スポーツ協会)、JPSA(日本パラスポーツ協会)の直近の取り組みや、スポーツホスピタリティ、スポーツDXプロジェクトなどの新しい話題、そして今回の部活動改革における今後の取り組みについても、しっかと取材をしていきたいと思います。
[写真提供:日本スポーツ政策推進機構]