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卓球は日本でも小さい頃から触れる機会があるスポーツです。学校体育での授業だけではなく、プライベートでも遊ぶ機会があったりと、卓球を知る機会がとても多いですが、詳しい起源や歴史を知る人は少ないのではないでしょうか。

本記事では、卓球の歴史について、詳しく調査してみました。卓球の起源を始めとして、日本での始まり、そしてルール変更など、卓球についての情報を詳しくまとめて紹介します。

卓球の歴史年表

卓球の歴史について、分かりやすいように年表にして紹介します。卓球の始まりから近年の卓球を知って、歴史の深さを確認してみましょう。

時期内容
1880年代ジュ・ド・ポームというゲームがイギリスで流行。ミニテニスが楽しまれます。
1891年ジャック・オブ・ロンドン社より、卓球用具のような道具「ゴシマ」が発売。
1900年代ゴム製ラバーが発売されます。
1902年東京高等師範学校教授・坪井玄道さんにより、日本にも卓球が普及され始めます。
1925年ドイツ卓球連盟発足。
1926年スウェーデン卓球協会、国際卓球連盟発足、世界選手権も開催されます。
1927年フランス卓球連盟発足。
1929年日本卓球協会設立。
1933年USAテーブル・テニス設立。
1937年日本で初めて国際試合が開催されます。
1957年ヨーロッパ卓球連合設立。
1972年アジア卓球連盟設立。
1988年ソウルオリンピックにて、正式にオリンピック競技に採用されます。

卓球の基本ルール

基本的に、相手のコートに返球するスタイルです。返球を繰り返し、返球に失敗すると相手に1点入ります。11点先に点を獲得することで、1ゲーム獲得です。仮に10-10になった時は、その後2点先に取った方が勝利となります。

1ゲーム毎にコートをチェンジし、先に4ゲーム取った方が勝者です。ただ、卓球には7ゲームズマッチと5ゲームズマッチがあり、5ゲームズマッチの場合は3ゲーム取ると終了です。

休憩は、ゲームの合間に1分取れます。その間は水分補給したり、アドバイスを貰う事も可能です。また、ゲーム開始から6ポイント獲得、もしくは、最終ゲームのチェンジエンド時に、タオル使用が認められます。

1試合に、1分のタイムアウト(休憩)も有効。両手で「T」を作れば、タイムアウトになります。また、ゲーム開始10分を経過しても試合が終了しない場合、促進ルールが適用されます。

試合が長引かないように、レシーバーが13球返球すると1点獲得。サービスも、1本交代制に切り替わります。

卓球の歴史を簡単に解説

卓球の歴史を見ていきましょう。卓球の歴史の流れをチェックすると、その移り変わりがよく分かります。

卓球の始まり

卓球の始まりは、イギリスであったといいます。時代は19世紀、上流階級の貴族たちが、雨でテニスができないことをきっかけでした。室内でテーブルを使って、ミニテニスのようなものを始めたのが、卓球の元となります。

卓球用具の誕生

1900年頃、卓球で使用される用具が発売されます。これにより、羊の皮を張ったバトルドアラケットと、セルロイド製のおもちゃボールを使用するスタイルが形成されました。

ラケットで打つと「ピン」相手のコートに返ると「ポン」と鳴ることから、ピンポンと呼ばれるようなります。イギリスの上流階級がピンポンパーティーを行うほどの流行になり、一気に卓球のベースが広まりました。

世界で卓球が楽しまれるようになる

1926年には国際卓球連盟が誕生、同年、ロンドンで世界選手権も実施。1988年には、ソウルオリンピックで卓球が採用されます。その後、現在までオリンピック競技として愛され続けています。

日本での卓球の歴史を解説

世界で卓球が広まったのと同時に、日本でも卓球が広まります。本章では、日本で始まった卓球の歴史を見てみましょう。

日本への伝来

日本に卓球が伝わったのは、1902年でした。東京高等師範学校教授の坪井玄道さんが、イギリスから卓球道具を持ち込み、日本に広めたというのが多く伝わっています。

しかし、じつは1900年には岡山県の三友寺でエドワード・ガントレットさんが卓球を子供たちに教えていたことが分かっています。三友寺山門前には、日本ピンポン伝来の地岡山と記念碑が建てられています。

国際大会・オリンピックへの出場

1937年、日本で初の国際試合が開催されます。日本選手は、ハンガリーの元世界チャンピオンと対戦しています。当時、日本ではまだラバーが貼られていないラケットが主流でしたが、好成績を残しました。

1988年のソウルオリンピックでは、日本選手も初出場しています。メダルは逃してしまうものの、女子ダブルスでは4位入賞と好成績でした。

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取材・文:
Journal ONE( 編集部 )
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