―― えっ!そのタイミングで電話したんですか!
田代)もう推薦入試は終わってるけど、バスケ部の監督に「来なよ」と言われて、当日の練習に2時間も遅刻して行ったんです。練習最後の5対5だけに参加したら、調子が良くて、監督も「推薦の枠は頑張るから」と言ってくださって、本当にスポーツ推薦で進学する奇跡が起きたんですよ。
―― レアケースです(笑)。でも、そんな高校生活を送っていた2011年に千葉ジェッツが誕生しました。試合を見に行った経験はありますか?
田代)行きましたよ!船橋アリーナでも見ましたし、僕が大学1年か2年のときに、千葉ジェッツが浦安の体育館でやった試合も見に行きました。対戦相手が、富樫勇樹選手のいた時代の秋田(ノーザンハピネッツ)だったかな。盛り上がっていました、空席が目立っていたので、バスケ人気はこの程度だよな…という感覚でした。
―― 千葉ジェッツ誕生で、田代選手はプロバスケットボール選手になりたいと思わなかったんですか。

今では千葉ジェッツにとって欠かせない存在にーJournal-ONE撮影
田代)全く思ってないです。プロには果てしなく上手い人たちがいっぱいいて、(大学時代に)練習試合をやったとき、自分がどうすることもできない選手たちをたくさん見てきました。千葉ジェッツが誕生しても、当時は他人事でした(苦笑)。
―― では、プロを目指そうとは思ったのは、大学生のときですか?
田代)いや、プロを目指そうと思ったことは一度もないんです。大学進学を考えるときも東海大学のバスケ部が強かったので、きっと僕が行っても試合に出られないと思って、お誘いいただいた大学の中から、試合に出られる可能性がある学校を選ぶつもりでした。
その中のひとつが専修大学で、当時のヘッドコーチだった中原 雄さん(現福井ブローウィンズ アシストコーチ)が、ある日高校の練習場にフラッと現れて。あれ?この人はNBAの解説者じゃないかと思ってたら、中原さんから「田代くん、一緒にバスケットをやりたいんだけど、どうかな?」と言われて、僕も「興味あります!」と返事をしたら、専修大学に決まりました。中原さんが高校に来てくれたから、専修に行ったんですよね。
誰かのためにバスケをしようと思った理由
―― そうだったんですね。田代選手は、琉球ゴールデンキングスでプロキャリアをスタートされました。キングスとはどんな縁があったのでしょうか。

4月18日の宇都宮B戦では大事な場面で2本のスリーポイントを決める活躍をした田代選手-Journal-ONE撮影
田代)大学4年生のとき、インカレ(全日本大学バスケットボール選手権大会)の試合を、たまたまキングスのゼネラルマネージャー(GM)が見ていたんです。僕は進路が決まっていなかったので、GMが中原さんに「うちが声を掛けていいですか」というように相談をして、お誘いいただきました。
沖縄という行ったことのない土地への好奇心に駆り立てられて、実際にキングスの試合を見に行ったら、超満員でとても盛り上がって、ビックリしたんですよね。「バスケはこんなもんだよ」と少し前まで思っていた自分が、キングスのような会場だったらバスケをやりたいと思って、そのまま沖縄に行くことを決めました。運が良かったと思っています。
―― キングスでキャプテンを務めて、Bリーグ優勝も経験されて、今シーズンより千葉ジェッツへ加入されました。どういう思いで、移籍されたのでしょうか。
田代)僕のキャリアはケガが多くて、悶々と過ごす時期が長かったんです。キングスでは徐々に自分の立ち位置が変化するのを感じていて、残りのキャリアを考えたときにできてもそんな長くないだろうと。自分にやり残したことは何かと思ったときに、結局“バスケを楽しみたい”というのが小学校のときから根底にあると気が付きました。
だから、今の僕が目指してるのは、バスケを楽しみながら優勝を狙えるチームだと考えたときに、千葉ジェッツが一番面白そうだという結論になって。何より地元でプレーする経験をしてみたかったです。渡邊 雄太選手も来るんじゃないかという噂もあって(笑)。

渡邊雄太選手との共演も楽しみにしていたという‐Journal-ONE撮影
―― 噂ですね、噂!
田代)もし1秒も試合に出られなくても、練習で渡邊選手や富樫選手とマッチアップできたら、超楽しいぞと思って!運良くオファーもいただけて、移籍を決めました。本当に僕、ラッキーな人間なんです。

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[写真]=Nobuhiro Fukami