しかし、2022年ごろから競歩界に押し寄せた『厚底革命』が彼を襲う。2023年ブダペスト世界選手権後に、厚底シューズの導入に踏みきったが、それまでの技術の完成度の高さゆえにアジャストできず苦しんだ。定評の高かった歩型を崩し、前回の日本選手権では人生初の失格。パリ五輪出場を逃していた。
大きな失意に見舞われ、引退も頭をよぎるなか、山西は新たな取り組みに着手する。昨シーズンはイタリアを拠点にヨーロッパの競歩レースを転戦。同時に、かねてから交流のあった東京五輪金メダリストのマッシモ・スタノ(イタリア)とのトレーニングを通じて、「今までとは違う世界線」(山西)で、新たに数多くの経験を積み重ねたのだ。

昨シーズン以降、互いに行き来してトレーニングをともにする盟友マッシモ(右)と。世界記録更新を、山西以上に喜んでいた様子が印象的だった-児玉育美撮影
課題であった厚底シューズ対策も、徐々にコントロールできるように。「本当にハマって整えば、(1時間)15分40秒台は出せる」という手応えを持って、この大会を迎えることができていた。
復活ではなく進化。世界陸上の金メダルも視野に
世界新記録に喜びを爆発させることもなく、レースを終えたのは、「(1時間)15分40秒台を想定できたなかでの16分10秒だった」から。
「これが1時間15分30秒とか1時間15分00秒とか、自分の想定を上回るタイムだったら、きっと喜んだと思う」と、レース後、山西は、いつもと同じの穏やかな表情で、『新しい世界線』のなかで見えているであろう記録もさらりと口にした。『復活』というよりは、『進化』という言葉が最もしっくりくる素晴しいパフォーマンスだった。
日本陸連が競歩種目に設定している派遣設定記録(1時間18分30秒)をすでに突破していた山西は、今大会の優勝で内定条件を満たし、東京世界選手権代表に即時内定。
競歩では、昨年10月の日本選手権35km競歩で世界記録(2時間21分47秒)を樹立して内定済みの川野将虎に続くものだ。大会前日に誕生日を迎え、29歳になって臨んだ最初のレースで掴んだ代表切符は、さらに新たな未来を拓いていくためのチケットともいえる。

男子20km競歩で1時間16分10秒の世界新記録を樹立して、東京世界選手権代表に内定した山西-児玉育美撮影
「幸い、またチャンスをいただけたので、新しいトライとして、優勝を狙いたい」と山西。世界選手権としては2大会ぶり3つめの金メダル、そして東京オリンピックでは叶わなかった『自国開催世界大会V』を目指して、この秋、東京・国立競技場で、さらに進化した姿を見せてくれそうだ。
藤井菜々子は日本新で世界陸上の切符を獲得
女子20km競歩では藤井菜々子が、日本人女子として初めて1時間26分台に突入する、1時間26分33秒の日本新記録を樹立して、3年連続4回目の優勝を達成。日本陸連が独自で競歩種目に設定している派遣設定記録1時間28分00秒もあっさりとクリアし、東京世界選手権の日本代表選手に内定した。

藤井は、1時間26分33秒の日本新記録を樹立して圧勝。4大会連続の世界選手権出場を内定させた-児玉育美撮影
競歩種目では前述の川野・山西に次いで3人目、女子選手全体では、前回のブダペスト世界選手権優勝でワイルドカードにより出場権獲得済みの北口榛花(女子やり投、パリ五輪金メダリスト)に続き、2人目の内定者となる。
藤井は、20歳で初出場を果たした2019年ドーハ世界選手権で7位に入賞して以降、女子競歩界の『若きエース』として活躍してきた。ドーハ世界選手権以降の世界大会には、全て代表として出場し、2022年オレゴン世界選手権では、6位の成績も残している。
前回の日本選手権では、1時間27分59秒の自己新記録で優勝を果たし、パリ五輪代表権を獲得。本番での活躍が大いに期待されていた。しかし、3月に股関節を痛めて練習中断を余儀なくされ、不安を抱えたまま五輪を迎えることに。歩型の乱れを修正しきれず、ペナルティーゾーン入りを喫して、32位という無念を味わった。
帰国後は「悔しさが、自分をこんなにも動かすんだと思った」という思いの強さでトレーニングに没頭。「今まで、こんなに考えたことはなかった」と歩型にも徹底的に向き合った。「じっくりと練習は積めていて、1時間27分台は確実に出せる」という自信を胸にスタートラインに立っていた。

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