Game1(日本代表 vsニュージーランド代表)レポートから続く
日本vsニュージーランド(Game3):乗松 隆由レポート
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で銅メダルを獲得した “車いすラグビー”。無観客試合でテレビ観戦だったとは言え、凄いスピードでコートを駆け抜け、激しいタックルをする姿に興味を持っていただいた人が増えたことは、車いすラグビー選手である私としても本当に嬉しい限りです。
その感動と興奮の火を消してはいけません!次のパラリンピックパリ大会に向けた代表権を獲得するには “三井不動産 2023ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ(以下、AOC)” での優勝が至上命題とされる日本代表(世界ランキング3位)。初戦のニュージーランド戦に続き、いよいよ同2位のオーストラリア代表と対戦します。
私のオーストラリアに対する印象は、「何をしてくるかが分からない。」チーム。予選で対戦する2試合で手の内を隠しながら、決勝でガラッと戦術を変えてくる可能性が十分にあるのです。この大会で3度対戦しなければならない日本代表が、どこまでオーストラリアの戦術を見極めながら戦えるかに注目したいですね。
とは言え、出し惜しみをした結果、肝心な決勝進出を逃すようなことがあってはなりません!ニュージーランドとの勝ち点を計算しながら、また負けるようなことがあっても苦手意識を持たないようにメンタルを強く維持しながら戦うことが重要になります。
この試合も私、車いすラグビー選手の乗松 隆由(AXE)が、日本代表のラインを中心にして試合展開を解説していきたいと思います。
ラインについては “祝・パリパラ出場!!-車いすラグビー日本代表ゲームレポートⅠ” で詳しく説明していますので、併せて読んで下さいね。
Game3-第1ピリオド
【3・3・1・1ライン】#21池 透暢選手(3.0)、#7池崎 大輔選手(3.0)、#1若山 英史選手(1.0)、#9今井 友明選手(1.0) ※カッコ内がClass
先発のラインは、前のニュージーランド戦と同様に一番信頼しているラインから入ってきました。駆け引きが予想される試合とは言え、やはり主導権を取りたい日本代表ですので、ケビン(Kevin Orr)ヘッドコーチもここは出し惜しみせずに全力で戦うといった姿勢が覗えます。対するオーストラリアも、エースの#3 ライリー・パット[Ryley Batt]選手(3.5)、#10 クリス・ボンド[Chris Bond]選手(3.5)を中心とした主力のラインで対峙してきました。
ニュージーランド戦同様、ハイポインターの池選手、池崎選手の鋭い動きが光りますが、バット選手、ボンド選手のコンビも負けてはいません。パワーとアジリティ(俊敏性)のある4選手による点の取り合いの様に見えますが、ここで注目して欲しいのが今井選手の動きです。アジリティのあるバット選手、ボンド選手の進路に入って簡単にボールを運ばせないよう時間を稼ぐ。チェアを密着させたディフェンスで簡単にはスペースに飛び込ませない。こういった献身的なプレーが、オーストラリアの選手たちの体力はもちろん、メンタルも削っていくのです。
ハイポインター同士が譲らず、8-8と一進一退の息詰まる点の取り合いとなったところで、日本代表はラインを変えてきました。
【3.5・3・1・0.5ライン】#32橋本 勝也選手(3.5)、#13島川 慎一選手(3.0)、#23小川 仁士選手(1.0)、#2長谷川 勇基選手(0.5)
このラインは、東京2020大会以降で急成長したラインと先の試合でも紹介しました。“世界で勝つためにはとても重要なライン” です。ニュージーランド戦で期待通りの活躍を見せてくれた4選手。オーストラリア相手にもその実力を発揮したいところです。
このピリオドでは。橋本選手と島川選手のハイポインターが息の合ったコンビネーションを見せてくれました。東京2020大会以降、プロ契約となった橋本選手は島川選手とフィジカル強化を一緒に行うなど、コミュニケーションを深める機会が増えています。
こういった環境の変化が、このラインの成長を一気に促したのかもしれませんが、オーストラリアのエース・バット選手を徹底的にマークしつつの点取り合戦には会場からとても大きな声援が湧き起こっていました。
【3・3・1.5・0.5ライン】#21池選手(3.0)、#13島川選手(3.0)、#22乗松 聖矢選手(1.5)、#2 長谷川選手(0.5)
14-14と拮抗した展開で投入されたのは、前の試合でもコート中央でハイポインターの攻撃を抑え込み、モメンタムを作ったラインです。この試合で更にキレッキレのチェアワークを見せた島川選手と池選手との個人技で一気に流れを引き寄せたいところです。
「ライリー(バット選手)に対し、チームとしてどう守っていくか。独走を許す場面もあったが要所で抑えることができた。」と、試合後に乗松選手が語ったように、日本代表はバット選手へのパス供給元を遮断する戦術を徹底します。#21 ジョシュ・ニコールソン[Josh Nicholson]選手(2.0)にボールを持たせ、そこを攻め立てターンオーバーを狙う作戦です。フォローに入るバット選手にボールが渡ったとしても、簡単にパスを受けられない状況が続くバット選手には過度な負担が掛かります。
Game3-第2ピリオド
【3.5・3・1・0.5ライン】#32橋本勝也選手(3.5)、#7池崎選手(3.0)、#23小川仁士選手(1.0)、#2長谷川選手(0.5)
第1ピリオドでプレー機会の多かった島川選手に代わり池崎選手が入り、橋本選手とのハイポインターコンビを組んだラインで、16-16と拮抗した展開に穴を空けたい第2ピリオド。が始まりました。オーストラリアも狙われていたニコールソン選手を下げ、#23 ジェイデン・ウォーン[Jayden Worn]選手(3.0)とバット選手のパワー&スピードで対応します。
このラインで素晴らしい動きを見せたのは、小川選手です。池崎、橋本両選手のフォローや相手が抜け出す先を予想してのブロックなど、随所に思うようにプレーさせてもらえないオーストラリアのハイポインターが苛立つ場面が増えてきました。
【3・3・1・1ライン】#21池選手(3.0)、#7池崎選手(3.0)、#1若山選手(1.0)、#9今井選手(1.0)
ここで先発のラインに戻った日本代表が、再びコートに入ったニコールソン選手にボールを持たせると、手の扱いの上手い池選手と池崎選手がターンオーバーを成功させ、22-23と遂に点差を付けた状態でオフェンスに入る有利な展開になりました。ここまでで気になるのは、日本が一度もバランスライン【3・3・2・0】を投入していないことです。今まで対オーストラリアに効果を発揮していたバランスラインをこの拮抗した展開でも投入しないのは、“切り札” 温存の戦略なのかもしれません。
【3.5・3・1.5・0ライン】#32橋本選手(3.5)、#21池選手(3.0)、#22乗松選手(1.5)、#3倉橋 香衣選手(0.5F)
更にスピードで圧倒する意図なのでしょうか。橋本選手が池崎選手に代わってコートに入り、再三良い動きを見せている乗松選手と倉橋選手をローポインターに加えたラインで中盤の主導権を握りに掛かります。
早めのプレッシャーに苦戦するオーストラリアはなかなかフロントコート(日本陣内)にボールを運ぶことができません。すると、橋本選手の鋭いタックルにフロントコートでボールを持っていた選手が、バックコート(オーストラリア陣内)に押し戻されてしまいました。“バックコート・バイオレーション” です!これで一気にモメンタムを作った日本代表は、23-26と点差を広げて前半を終了しました。
Game3-第3ピリオド
【3・3・2・0ライン】#21池選手(3.0)、#13島川選手(3.0)、#4羽賀 理之選手(2.0)、#3倉橋選手(0.5F)
一気に流れを引き寄せたい日本代表は、満を持してバランスラインを投入します。バット選手とボンド選手に自由にラグビーをさせないのは、No.3の役割を担う羽賀選手の動きに良さでオーストラリアのローポインターに仕事をさせていないからです。29-26と点差を保ったまま次のラインに託します。
【3・3・1.5・0.5ライン】#21池選手(3.0)、#7池崎選手(3.0)、#22乗松選手(1.5)、#2長谷川選手(0.5)
スピード重視のラインで更に相手のリズムを崩しに掛かりたい日本代表でしたが、オーストラリアも負けてはいません。バット選手とボンド選手のコンビが躍動し、ターンオーバーを重ねて34-34の同点に追いつきます。
【3・3・2・0ライン】#7池崎選手(3.0)、#13島川選手(3.0)、#14中町 俊耶選手(2.0)、#3倉橋選手(0.5F)
【3・3・2・0ライン】#21池選手(3.0)、#13島川選手(3.0)、#4羽賀選手(2.0)、#3倉橋選手(0.5F)
流れがオーストラリアに傾き掛けますが、再びバランスラインに戻した日本代表がモメンタムを渡しません。バランスラインでも小まめに選手を入れ替えて相性を確認しているかのような戦術ですが、代わってくる選手たちは自信満々。試合の流れに見事にアジャストして、36-36と同点をキープして最終ピリオドへ進みます。
ここまで続いた拮抗した試合展開はなかなか観ることのできません。私はもちろん、応援している皆さんも肩に力が入っているようです。第3ピリオドが終わった瞬間、前のめりに観ていた皆さんが “ドッと” 背もたれに倒れ込んで一息ついている姿も見て取れました。本当に面白い試合です。
Game3-第4ピリオド
【3・3・1・1ライン】#21池選手(3.0)、#7池崎選手(3.0)、#1若山選手(1.0)、#9今井選手(1.0)
いよいよ最後の8分が始まります。ここまでチームとして一貫したディフェンスをし続ける日本代表。オフェンスでも目立ったミスも少なく、ここまできたら何としても勝って終わりたいところです。最も信頼できるラインで臨む日本代表にスタンドからはこの日最も大きな声援が送られます。
ここまで日本代表の激しいプレッシャーに耐えて続けてきたオーストラリアですが、ここでインバウンドでの思わぬミスが出てターンオーバー!若山選手のブロックなど、ローポインターのファインプレイも続いて26-29と一気に日本が3点差を付けることに成功します!
【3・3・1.5・0.5ライン】#21池選手(3.0)、#13島川選手(3.0)、#22乗松選手(1.5)、#2長谷川選手(0.5)
ここで一気に試合を決めたい日本代表は、第3ピリオドで獅子奮迅の活躍を見せてくれた島川選手を投入します。島川選手がバット選手にプレッシャーをかけていきますが、徐々にそのプレッシャーに抗えなくなってきたバット選手の動きが鈍くなってきました。こうなると、ローポインターに入るボールをターンオーバー! 更にはパスカットなど、点差を42-39と広げることに成功して次のラインにバトンを繋ぎました。
【3.5・3・1.5・0ライン】#32橋本選手(3.5)、#7池崎選手(3.0)、#22乗松選手(1.5)、#3倉橋選手(0.5F)
【3.5・3・1・0.5】#32橋本選手(3.5)、#13島川選手(3.0)、#23小川選手(1.0)、#2長谷川選手(0.5)
ここからは、橋本選手のアジリティと島川選手とのコンビネーションが冴え渡り、バット選手とボンド選手のコンビを圧倒していきます。第3ピリオド同様、怒涛のオフェンスで連続得点を狙ったオーストリアでしたが、常にフレッシュな状態で入れ替わる日本代表のラインの壁を崩せません。
小川選手がマクウィラン選手の動きを積めてターンオーバーする等、45-41とこの日最大に点差を付けました。
【3・3・2・0】#21池選手(3.0)、#7池崎選手(3.0)、#14中町選手(2.0)、#3倉橋選手(0.5F)
残り3分余り、遂にオーストラリアはエース・バット選手の投入を諦め、昨年秋にSHIBUYA CUPで来日した若手有望株のフォックスリー コノリー選手(3.5)を投入しますが、” 池・池コンビ” が圧倒して53-46と7点差を付けて快勝しました。
正直、オーストリアがここまで崩れるとは想定外でしたね。前半は拮抗しながらもパワーで押されるシーンが多く、本当に我慢のディフェンスだったと思います。しかし、チームとして「こういったディフェンスをするんだ!」という意図が感じられましたし、それを徹底して全ての選手がやり遂げた。今日の殊勲は全選手の一貫したディフェンスに尽きると思います。
殊勲のディフェンス・乗松 聖矢選手のコメント
「ライリー・バット選手に対し、チームとしてどう守っていくかが焦点でした。」と切り出した乗松選手。「独走を許すケースもありましたが、ポイントではしっかりと抑えることができました。合宿での細かいチェアワーク練習の成果が現れた試合でした。」と攻守に渡りポゼッションが良かったこと振り返りながらも、「(まだ大会の序盤なので)今までやって来たことの確認が大事。」とエンジン全開までの助走段階と話す乗松選手。
「相手がどうこうではなく、ゲーム展開に応じて適応していくことが大事です。」と、優勝に向けた大事なポイントを力強く教えてくれました。
圧倒したオフェンス・橋本 勝也選手のコメント
「ライリー・バット選手との久しぶりの対戦が楽しみで…出だしは気負ってしまいましたね。」と笑って話し始めた橋本選手。連続得点を挙げたシーンについて聞かれると、「位置獲りが良かったので…」とはにかみつつも「東京2020後、自分のパフォーマンスに納得が行かなくてトレーニングに励んだ成果も出ているのかもしれません。」と鋭い表情に変わり、成長の手応えを話してくれた橋本選手。
「“次世代のエース” ではなく、他のハイポインターと同じ立ち位置で ”エース” と呼ばれるように結果を出していきたい。」とパリ2024はエースの一角を担うという強い意思を見せてくれました。
「いつもケビンからは、”楽しんでプレーしなさい。もっと笑顔でプレーしなさい” と教えられています。まだまだ足りない部分があるけれども、この大会で恩返しできれば・・・」と、2018年の世界選手権から抜擢してくれたケビンHCと一緒に戦う最後の大会への思いを口にしました。
連勝の初日を振り返る・ケビン・オアー ヘッドコーチのコメント
「万全のトレーニングを経て臨んだ大会ですが、初日は流石に緊張していましたね。徐々に良いプレーができ、選手たちがそれぞれのラインで互いを信頼し合ってプレーできていました。」と総括したケビンHC。
具体的な選手の名を聞かれると、「乗松選手は、ディフェンスがとても良かった。橋本選手もオーストラリアのベストラインと対峙しても十分に戦えることを証明してくれた。最初はばたつきましたが、落ち着いてプレーしてくれました。」と、先にインタビューを受けた2人を賞賛します。
「12人全員で高いレベルのプレーができるのが日本の特徴。予選では相手の情報を掴みつつ、自分たちのコンディションも整えながら決勝に万全の状態で進んでいきたい。」と、4日間にわたる苛酷な戦いを乗り越える術を教えてくれました。
連勝スタートとなったこの日は、ケビンHCの誕生日!記者陣からも「誕生日おめでとうございます!」と声を掛けられ、とても嬉しそうな表情を見せてくれたケビンHC。試合後は、チームでのささやかなお祝いを行い士気を高めていました。
Game8(日本代表 vs オーストラリア代表)レポートに続く
