続いては、人数を各塁2名(総勢8名)に制限してタイムトライアルが始まる。10周の目標タイムは54秒!「これ以上時間を要すると、中継プレーやダブルプレーなどのフィールディングで、強豪私大に絶対に勝つことはできません。一球しかボールを使わないのは、一見時間の無駄かと思うでしょうが、試合と同様に全員で一球を追うことで本番を想定した状況を作り出しているのです」と、山田選手が教えてくれた。
なるほど!一回目のボール回しは、送球コースが上下左右にぶれる場面が多く、タイムは57秒。続く2回目は精度が上がった送球コースのおかげで54秒に改善された。実際に数字で成果を共有することにより、送球時間の無駄を省くために捕球精度を上げなければならないことが我々でも容易に理解できる。
「ボール回しは和大ドリルを着実に実行することで、明らかにタイムが良くなっていきます。1回生と4回生の動きを見ていただければ分かると思います。こうして遠くから見ていても動きの無駄を省けている4回生の方が余裕があるため、送球も正確になります」と、山田選手もその効果を説明してくれた。
仕上げはグラウンドいっぱいに使ったシートノック。基本的に全部員が内外野に散り、大原監督から直接ノックを受けることができる。これだけの大所帯で時間も限られる中、和歌山大は1回生でもシートノックに参加することができる恵まれた環境に羨ましさがこみ上げる。
強豪大の練習において、監督のノックを直に受けられる選手は限られているし、レギュラー陣と一緒にフィールドでプレーする機会も殆どない。入部から全国レベルのプレーを体感できる練習方法も、無駄なく経験を積ませるという考え方からすれば理にかなっている。
ケース打撃でノーサイン野球の真髄を知る
練習終了25分前、バッティングケージが設置されると、走者を一塁に置いてのケースバッティングが始まった。無死または1死で一塁という場面は、展開によっては走者が進塁したまま継続されるケースもある。
このケースは日本選手権2回戦、東日本国際大戦で走者を送れなかったシーンを思い起こされる。聞けば、「東日本国際大戦の反省から、学生が考え出した練習です」という答え。対話で解決できなかった課題については、実戦で徹底的に復習するのも “和大ドリル” の一つといったところか。
ベンチからのサインを確認する必要の無いランナーは、常に離塁して “どんな状況でも次の塁を狙う” スタートの構えを解かない。リセットされない攻撃のリズムは、相手バッテリーや守備陣にプレッシャーを与えていく。これもノーサイン野球がもたらす大きなメリットだ。
打者は “周辺視野” を使い、投手への焦点を外すことなく走者や守備フォーメーションを逐一脳にアップデートしながらバットを振り出していく。「走者の動きが目に入っているので、状況に応じた予測を含めて、自分がどういったバッティングをするかを瞬時に選択することができるのです。」とさらりと話す山田選手の説明に、ノーサイン野球の全貌が徐々に明らかになっていく。
「ノーサイン野球を分かりやすく例えるなら “水” です。プレーの仕方や意識によってどんな形、戦術にもなり得ます。自分の意思で全てを操作、形にできるなら簡単ですが、野球には必ず “相手” がいます。刻々と変わる状況を踏まえ、自分たちが水のように形を変えてプレーを選択できるか。それが、ノーサイン野球の基本的な考え方です」と、当たり前のように話す選手たち。
頭で理解できても、完全に体現するには難しいノーサイン野球。当然、共通認識が足りずにエアポケットのようなミスが出ることも否めない。
そのため、練習中でも一つのプレーに対する意識のすり合わせを欠かさない。大原監督が全員を集め、「なぜそのプレーを選択したのか?同じことが起こったとき、次はどういったプレーをするのか?」といった確認作業に限られた練習時間を惜しみなく費やしていく。