ソフトボール界のレジェンドが去る
女子ソフトボール・アメリカ代表のモニカ・アボット選手といえば、日本で最も知られたアメリカ人アスリートのひとりです。
2008年の北京オリンピック、昨年の東京オリンピックを始め、数々の国際大会や親善試合において、アメリカが誇る最強投手陣の主軸として活躍しました。
日本代表戦を見る機会の多い日本人にとっては、長身を目一杯使って速いボールをどんどん投げ込み、日本代表を抑えていく素晴らしい投手という印象が強いのではないでしょうか。
世界に名を馳せるアメリカ代表のアボット選手が、実は2008年の北京オリンピックの翌年から14年もの間、日本女子ソフトボールリーグのTOYOTA RedTerriers(トヨタ レッドテリアーズ)で活躍していることをご存じでしょうか?
JD.LEAGUE元年の今シーズン、既に西地区での優勝を決めているトヨタ。
11月12日から千葉市で行われるダイヤモンドシリーズにおいて初代女王の座を狙う中、アボット選手は今シーズン限りでの日本における引退を発表されました。
地元・愛知県豊田市に近い、愛知県豊橋市で行われたリーグ最終戦(第15節)、アボット選手の地元でのラスト登板と、引退セレモニーを目に焼き付けるべく、たくさんのファンが豊橋市民球場に詰めかけました。
戦友のメダリストが語る
Journal-ONEは、本誌記者で元トヨタ レッドテリアーズ所属・東京オリンピック ソフトボール金メダリストの山崎 早紀さんと一緒に、感動的なラスト登板と引退セレモニーの模様をレポートします。
また、チームメイトとして日米代表同士のライバルとして共に時間を過ごした山崎 早紀さんが、アボット選手との独占インタビューにも臨みました!こちらも是非、ご覧下さいね。
お互いの国を背負い、対戦経験もある山崎さんは、対戦相手としてのアボット選手をこう評します。
「モニカの最大の特徴はライズ系の投手であることです。長い手足を使って10m(一般女子のピッチャープレートからホームベースまでの距離は13.11m)くらいの距離まで踏み込んで投げてくるので、とても打ち難い投手。しかも常時110~111km/hを出すスタミナもあるので、攻略するのにとても苦労しました。」
一方、トヨタで12年間一緒に戦った味方としての印象は、「投球のリズムがとても良く、外野を守っていてモニカのリズムを崩さないように気をつけていました。」
また、入団1~2年目に捕手をしていた山崎さんは、練習でアボット選手の球を受ける機会もあったそうで、「基本的には速球が中心ですが、カーブ、ドロップ、ライズ、チェンジアップとどの球も素晴らしいです。スピードもキレも今まで見たことのないボールでしたね。」と当時の印象を懐かしそうに話してくれました。
また、今回の引退については、「昨年、(山崎さんの)引退報告をした時にとても寂しそうな顔をして聞いてくれたときに、(モニカも引退を考えているのかなという)予感はありました。」とのことでした。
地元ファンの声援を背に受け
第1試合のSHIONOGI RainbowStokes(シオノギ レインボーストークス兵庫)戦に先発したアボット選手は、4回までノーヒットピッチングの快投!
5回に2つのヒットでピンチを背負いますが、ここから一気にギアを上げて、シオノギの代打攻勢、中村選手と佐藤選手をいずれも三振に抑えてピンチを脱します。
続く5回もマウンドに登ったアボット投手。
球場では観客から「最後に完封劇を見せてくれるのか?」と、この回の快投を期待する声が出る中、ブルペンで急ぎアップをする後藤 希友(みう)選手の姿・・・
そして先頭打者を打ち取った瞬間、豊橋市民球場の空気が止まりました。
アボット選手と共に強豪・トヨタを創るために一緒にプレーし、北京オリンピックでは金メダルを掛けて死闘を演じた馬場幸子監督がゆっくりとマウンドへ向かいます。
これから起こる「全て」を察するかのように会場は一瞬の静寂に包まれ、全員が息を呑んで選手達がマウンドに集まる姿を見つめます。
アボット選手が切石捕手とハグ。豊橋市民球場にいた全員がその時が来たことを悟ります。
馬場監督を始め、選手一人一人とハグするアボット選手。
誰もが言葉無くただただ拍手をする光景は、本当に荘厳な雰囲気であり、日本で14年間プレーした名選手を称える最大限の感謝の気持ちが球場を包み込んでいます。
集まったマウンドを降り、アボット選手が後藤投手にボール渡してハグをしながら言葉を交わす。正にエースという名のバトンを次の世代に手渡す儀式のような瞬間。
選手交代を告げるアナウンスが流れる以外、誰も歓声を上げることなくただただ万雷の拍手を送ることで、その瞬間に立ち会っている目撃者としての義務を果たしているように感じました。
試合後にアボット投手が「鳥肌が立った」といっていた通り、この場に居た全員が同じ感情でその時を共有したのではないかと思います。