スポーツの本来の目的というのは、楽しむと言うこともありますが、スポーツマンシップという言葉にもあるとおり正々堂々とプレーすること。理に反したような、怪我をさせるようなことはしないといったことを学ぶ機会でもあると思います。
昔は社会生活がそういった役割を果たしていましたよね? こどもが理に反したこと “いたずら” なんかをすると、隣近所の大人が叱ってくれました。そういった社会生活が希薄になった現代では、スポーツがその役割を果たさなければならないと思いますね。
また、柔道で最初に教えるのは “受身” なんです。投げられた後、すなわち負けた時のことから教える。これは何故かというと、先ずは自分の身を守る、怪我をしないということを教えるためなんですね。こういった考え方も、世界中で柔道が支持されている理由だと思います。
―柔道発祥の地・講道館で柔道修行をすることを目的に来日する海外の方が年々増えているようですね。―
私が現役の頃は、海外からは各国の強化を目的とした選手が多く来ていました。しかし、現在では競技者だけではなく、指導者やシニア世代の愛好家の方や子ども達も多くなってきていますね。
柔道をもっと知りたい。もっと勉強したい。という方々が世界中から講道館に学びに来ています。世界的に柔道の理解が深くなってきているのかもしれません。私にとってはとっても嬉しいことです。
柔道は礼をしなくてはなりません。特に講道館では座礼という正座をして礼をするのです。練習開始と終了時に嘉納師範、指導員、そして相互に向けて全員で座礼をします。
日本人にとっては礼をすることは、尊敬や感謝などを表する当たり前のことです。しかしある日、海外から来た練習生が「宗教上、座礼はしたくない。」と言った例がありました。
それを見た私は、「柔道の礼は服従を意味するものではない。柔道は激しい稽古や試合で故意でなくとも怪我をしてしまう場合もある。だから礼をすることで、相手に対しての敬意や尊敬を表すものなのです。」と座礼をする本当の意味を説明したところ、理解して礼をしてくれるようになりました。
この例ように、私たち講道館はやはり分かり易くキチンと言葉で柔道の様々な意味を伝えていかなくてはならないんです。
世界中の価値観の違いを理解して、柔道のひとつひとつの意味を伝えていく。そのためには私もまだまだ勉強しなければなりません。この歳になっても改めて知らされることも多く、その都度職員たちと問答をして紐解いているんです。
嘉納師範は柔道の修行法として形、乱取、講義、問答という4つがあると示されております。形で技の理合いを学んで、乱取で技の応用工夫していく。講義で知識を広め、問答で考える力を養う。問答で議論をしながら新たな気付きを得ていく修行です。私と問答させられる方は迷惑だとは思いますけどね(笑)。
国内外様々な方々と問答をする機会があるのですが、最近では海外の機関から「問答の出来る指導者を派遣して欲しい。」という要望が増えています。海外の修行でも “問答” という修行が頻繁に行われるようになってきています。
皆さんは私がオリンピックチャンピオン(1976年モントリオールオリンピックの柔道無差別金メダリスト)だから、柔道のことは何でも知っているだろうと思われているかも知れません。そんなことはありません。私も日々勉強です。ですから、日々問答という修行を通じて今まで知らなかったことをひとつひとつ埋め続けています。人生いつまでも修行ですね。
誰でも学べる!講道館の普及活動
―海外に広がる柔道ですが、健康増進という観点から、私たちのようなシニアなどでも学ぶことは出来るのでしょうか-
久しく柔道から遠ざかっていた方が再開する “カムバック柔道” もありますが、全く経験の無い方も学びに来ます。学校講道館という白帯から始めるクラスがあるんです。
60歳代、70歳代で入門する方もいらっしゃいます。そして熱心に通われて黒帯を取り、涙を流す方もいるんですよ。
他にも、女性クラスもありますし、幼稚園児や小学生のクラスもあります。老若男女、国籍を問わず幅広い方が来られています。
―講道館から離れた地域での普及活動はどのようにしているのでしょうか―
海外で言えば、国際柔道連盟からの要請で「子どもの形」を共同制作しました。また、健康柔道(シニア層、安全や転び方やリハビリとしての柔道)、リズム柔道(子ども達が取り組みやすいダンス的要素を入れたもの)を普及しようという新たなプロジェクトも始まりました。言葉が通じなくても分かる指導映像を制作してYouTubeを使って配信していますが、この制作過程において実際にあった面白い話があります。始めに何から教えようかと問答していたところ、フランス人の方から「畳に上がる際、草履を脱ぐという所作から作って欲しい。」という要望がありました。海外では下足を脱いで室内に入る習慣がないですよね。