“インカレ” での激闘を経て
日本のソフトボールの中で最も歴史と伝統があり、権威のある大会 “全日本総合女子ソフトボール選手権(以下、全日本総合)”。佐賀県の太良町、白石町を会場に全国から集まった強豪32チームが “日本一のチーム” の称号をかけて激突した9月16日(土)~19日(火)。
参加チームには、世界屈指のレベルを誇る国内のトップリーグ・JDリーグに所属する16チームに加え、12チームの大学ソフトボール部の姿も見られます。遡ること1ヶ月弱、8月25日(金)~28日(月)にかけて愛知県安城市で開催された、大学ソフトボールのメインイベント・全日本大学女子選手権(以下、インカレ)で死力を尽くして戦ったばかりの12チームが、JDリーグのチームを相手にどのような戦いを見せてくれるのか。
4年生から見れば、大学最後の激闘を経て再び訪れた真剣勝負の舞台。監督や下級生から見れば、4年生と一緒にグラウンドに立つ思い出の試合となる一方、新チームの腕試しも兼ねた重要な舞台。
インカレを終えて間もない、選手やスタッフの皆さんはどういった気持ちで日本一を決める全日本総合に臨んでいるのか?とても興味のあるところです。一方で、負けたら終わりのノックアウトラウンドでの一戦ですので、JDリーグのチームもミスは許されません。この緊張感ある試合で “迎え撃つ” 心境はいかなるものなのか?どちらも気になるところです。
宇津木イズムで旋風を
関東ブロック3枠のひとつを勝ち取り、全日本総合に出場したのは埼玉県の川越市と坂戸市を中心に東京都豊島区の池袋にもキャンパスを構える東京国際大学。
ソフトボール界のレジェンド、“速射ノック” で高い守備力と強靱な精神力を養い、2000年のオリンピック・シドニー大会で銀メダル、2004年のオリンピック・アテネ大会で銅メダルを獲得した “宇津木ジャパン” の監督こと、宇津木 妙子さんが総監督を務められているのが東京国際大学ソフトボール部なのです。
実は、宇津木さんが8月に岐阜県飛騨市神岡町で開催したソフトボール普及活動を取材したJournal-ONE編集部。そこで、神岡町でソフトボールに出会い、宇津木さんの活動に感化され、現在 “宇津木イズム” を学ぶべく東京国際大学ソフトボール部で日々練習に励んでいるひとりの選手とお会いしたのです!このご縁を大事にしようと、全日本総合に出場する東京国際大学を取材することにした訳なのです。
開会式で早速ご挨拶をさせていただいた黒川 春華監督も、“宇津木イズム” を継承する名指導者!昨シーズンまで、JDリーグの初代女王・ビックカメラ高崎ビークイーンでコーチをしていた黒川監督は、選手としてもこの全日本総合で9回も優勝している名選手なのです。
「JDリーグのチームとはオープン戦で対戦することはありますが、真剣勝負をするのは年に一度の全日本総合だけ。それ故、JDリーガーが大学生に対して全力で勝負してくれる貴重なこの機会を活かしてチームの力を底上げしていきたいのです。」と、この大会に臨む意気込みを話してきた黒川監督。
女子ソフトボールの最高峰で活躍していた黒川監督に、大学ソフトボール部を率いた初年度の感想を聞くと、「JDリーグ(ビックカメラ)から来て、部員を見て最初に驚いたのは身体の小ささです。これで本当にソフトボールができるのだろうか?と心配してしまったくらいです。しかし、部員たちにはそれを補って有り余るくらいのガッツがあります。まだまだ力は足りないが、うちの自慢である粘り強いソフトボールで最後まで食らいついていきたいです。」と、新天地でのやり甲斐を笑顔で教えてくれました。
インタビューが終わると、開会式に参加するビックカメラの選手たちが黒川監督に抱きついてきました! 笑顔で久しぶりの再会を喜ぶ前コーチと選手たちの笑顔は、師弟関係と言うよりも “久しぶりに里帰りした姉に飛びつく妹たち” のようなシーン。前回の記事で紹介した中京大学OGの集まりと同じく、こう言った光景が見られるのも全日本総合のひとつの魅力なのですね。
JDリーグの矜持 vs 大学生の勇気
いよいよ試合前、「今大会、私はメンバー外ですが、4年生と一緒に試合が出来る最後の大会。サポートとして全力を尽くします。」と話してくれたのは、東京国際大学の田中ソフィア愛選手(京都西山高)。彼女が、飛騨市神岡町で出会った “宇津木イズム” を継承しようと頑張っている選手なのです!
同級生の池田 奈央選手(さくら清修高)と一緒に束の間の食事タイムに話しを聞いてしまいましたが、「来年は、自分たちももっと努力してこの大会でJDリーガー達に挑みたいです!」と、明るく元気に話してくれました。
「トーナメントの一発勝負は何が起こるか分かりません。相手が誰であれ、チーム一丸全力で挑みます。」と話すのは、対するJDリーグ・東海理化チェリーブロッサムズのエース・永谷 真衣投手。東北福祉大学出身の永谷投手は大学生の心境とJDリーガーの心境、どちらも良く分かっている選手です。
「今日は、田畑(七海投手・金沢学院大)が主導権を与えない投球を見せると思います。私もいつでも登板できるよう、しっかりと準備しますよ。」と、大学生相手でも一切の油断を見せません。
試合は初回にいきなり東海理化が無死満塁と、東京国際大学のエース・鈴木 りりか投手(湘南学院高)を攻め立てますが、黒川監督の指示で選手たちがマウンドに集まると、鈴木投手の投球が一変!連続三振で絶体絶命のピンチを無失点で切り抜けました。大学生の勇気ある投球がJDリーガーを抑え込んだその姿は、黒川監督が言う “粘り強さ” を象徴するプレーそのものでした。
しかし、さらにその上を行くのが田畑投手のピッチングでした! リーグ戦でもチーム最多の投球回数を誇る(前半戦終了時)、東海理化の次代を担う田畑選手は、東京国際大学打線に付け入る隙を与えません。チャンスすら作らせない圧倒的な投球術で、スコアボードにゼロを重ねていきます。
試合は3回に3点を先制した東海理化が、田畑投手の完封劇で逃げ切って初戦を突破。JDリーガーとしての矜持を見せてくれました。対する東京国際大学も最後まで元気に全力でプレー。6回には代打で登場した4年生の保谷 恵理選手(小平西)が、大学生活最後の打席でヒットを放って出塁するベンチは総立ちでガッツポーズ! 攻撃でも粘り強さを見せてくれました。
試合後、東京国際大学のキャプテン・新居(にい)葉月選手(花咲徳栄高)は、「私たち4年生にとって最後の大会でしたが、力及ばず負けてしまいました。しかし、この一戦は下級生にとって良い経験になったと思います。この経験を活かしてインカレ日本一を目指して頑張ってほしいです。」と、後輩たちに “残した経験” を第一声に挙げてくれました。
ご自身のプレーについての感想を聞くと、「4年間の集大成にJDリーグの選手と試合ができて、本当に良い思い出になりました。私は卒業後、ソフトボールを競技として続けることはありませんが、これからもソフトボールを趣味のスポーツとして続けていきたいです。」と、晴れ晴れした笑顔で悔いの無い今までの部活動人生を総括していました。
大学日本一の挑戦
次のチームは、東海ブロック2枠のひとつを勝ち取り、全日本総合に出場した中京大学。前編の記事で紹介したとおり、今年のインカレを10年ぶりに制した “大学チャンピオン” です!
愛知県の名古屋市と豊田市にキャンパスを構える中京大学は、スポーツ科学部を有し様々なスポーツ競技で活躍する選手たちを輩出する大学。スポーツ庁の室伏 広治長官(陸上)をはじめ、箱根駅伝でお馴染みの青山学院大学・原 晋監督、水泳の松田 丈志さんなどテレビでお馴染みの元・アスリート達が名を連ねます。中でも、フィギュアスケートは、安藤 美姫さん、浅田 真央さん、宇野 昌磨さんといったスーパースターを輩出した大学なのです。
ソフトボールも、2008年のオリンピック・北京大会で悲願の金メダルを獲得した主将の伊藤 幸子さんという輝かしい実績を持ったOGを輩出しています。この伊藤さん、現在のトヨタレッドテリアーズの馬場 幸子監督です!開会式前には中京大OG軍団のひとりとして、他のJDリーガーたちと、部長兼監督の二瓶 雄樹さんを囲んでいた1人でした。馬場監督は中京大学ソフトボール部のコーチも兼任しており、こちらは “トヨタイズム” でJDリーガーに挑んでいくといったところでしょうか。
今年のチームスローガンは「WINハート」。ひとりひとりが今何をすべきなのかを考え行動することを大切に、逆境にも負けず大学日本一の座に輝いたその実力を発揮したいところです。
対戦相手は、JDリーグに所属する伊予銀行ヴェールズ。先発は今シーズン波に乗りきれないものの、絶対的なエースとしてチームを牽引する庄司 奈々投手。大学日本一の中京大学に対し、一歩も引かない布陣で勝利を掴みに臨みます。
対する中京大学も、”インカレ胴上げ投手” 成瀬 結衣投手(星城高)が先発。3年生ながら主戦を担う成瀬投手は、前年のインカレでも坪野 三咲投手(現・デンソーブライトペガサス)との二枚看板でベスト4まで導いた経験豊富な投手です。
試合は、ヴェールズが2回に1点を先制しますが、その後は成瀬投手が踏ん張って味方の援護を待ちます。すると4回、突然空が真っ暗になり降り注ぐスコールの尋常ではない雨粒。天候と同じくして試合も動きます。四球で出した走者をヒットで帰して同点に追いついた中京大学は、その裏のヴェールズの攻撃を無得点に抑えて波に乗ったかのように見えました。
しかし5回2死から、ヴェールズの中軸打線が爆発!辻井 美波選手の四球を足掛かりに、主砲の本間 紀帆選手がヒットで続くと、打席に入ったのは中京大学OGの川口 茉奈選手。
「後輩(成瀬投手)のライズボールは凄かったが、とにかく気持ちで打った。」と話した打球は、左中間を破る2点タイムリー2塁打。更に長打が魅力の居内 佑加選手もライトオーバーのタイムリー2塁打を放ち、JDリーガーのパワーで突き放しました。
このピンチに中京大学・二瓶監督が執った采配は小刻みな継投。櫻庭 万綾投手(福岡中央高)、水本 すず投手(長崎商業高)、浅田 理沙投手(聖霊高)が監督の期待に応え、逆境に負けずひとりひとりのやるべきことを全うして無得点に抑えました。
打線も、リードされた直後に4番で主将の市川 愛渚(ひな)選手(星野高)がJDリーガー顔負けのパワー溢れる打撃でチャンスを作るなど、庄司投手を攻めましたがあと一本が出ずにJDリーガーへの挑戦は幕を下ろしました。
挑戦に手応え
「インカレの優勝から1か月がたち、4年生にとっては一つの区切りが付いた大会となりますから、4年生には楽しんでこの試合に臨んでもらいたかった。一方で新チームとして始動する選手たちにとっては、来年につながる試合となる。どちらにとっても良い試合が出来たと思います。」と、スコールで濡れた身体をタオルで拭きながら爽やかに話すのは二瓶監督です。
「JDリーグのチームと運良く1回戦で当たることができたので、思い切ってやらせてもらえました。最後は、4年生を多く出場させて楽しませてもらう形になりましたが、みんな本当に持てる力を出し切ってくれました。特に4年生の投手陣はとても苦しいシーズンだったので・・・ 最後の最後に結果を残してくれて本当に良かったです。」と、声援に駆けつけたたくさんの父兄と話す選手たちを横目に、ホッとした表情を見せて4年生を見つめます。
一方の新チームについては、「成瀬をはじめとする投手陣の主力が来年も在籍するので、彼女たちを軸にチームを作っていきたいですね。インカレ連覇に向け、今日の経験も活かしていきたい。目指されるチームになるには、結果だけではなく日本一に相応しいチームになれるよう、振る舞いや日頃の生活でも評価されるように頑張っていきたいです。」と、新チームのメンバーの活躍にも手応えを感じた様子の二瓶監督。
10年ぶりのインカレ制覇への道のりを聞くと、「うちは、3位が14回もある中で本当に決勝までの道が遠かったんです。3年前の(コロナ禍での)代替大会で優勝はしていたのですが、やはり今年の優勝は万感の思いです。代替大会で優勝したメンバーの川口(茉奈選手・伊予銀行ヴェールズ)、安山(涼香選手・ホンダリベルタ)、高瀬(沙羅選手・日立サンディーバ)と同様、4年生の何人かはJDリーグでお世話になることが内定しています。彼女たちもJDリーグで活躍することで、在籍生のモチベーションも一層上がってくれると思います。」と、タレント豊富な今シーズンのメンバーの未来にも眼を輝かせて話してくれました。
「最後の大会が終わりとても残念です。JDリーガーのテクニックとパワーに最後は押し切られてしまいました。この経験を活かして、後輩たちにはインカレ連覇と全日本総合での勝利を託したいです。」と話してくれたのは、打撃にリードに活躍した主将の市川選手。
中京大学のお膝元・豊田市にあるトヨタレッドテリアーズへ入団が内定している市川選手は、「やるからには日本代表選手になれるように頑張っていきたいです。レッドテリアーズにはたくさんの日本代表選手がいらっしゃるので、目標とする切石 結女捕手の側でプレーできることが楽しみです。」と笑顔で将来の自分像を話してくれました。
応援に来てくれたたくさんの父兄と挨拶を交わしたり、選手同士で最後の中京大学のユニフォーム姿で記念撮影をしていた市川選手。
その後、インタビュー中の伊予銀行ヴェールズ・殊勲打を放った先輩の川口選手にご挨拶に来るなど、まだまだあどけなさいっぱいの市川選手。来シーズンのJDリーグデビューが待ち遠しいですね。
Journal-ONEでは、全日本総合選手権をより楽しく観戦していただくため、幾つかのチームにスポットを当てて試合をレポートしていきます。最高の舞台であるインカレを終え、最後に待っていた大きな挑戦の機会に臨む大学ソフトボール部の皆さんに続いては、佳境となるリーグ戦を一時中断し、トップリーグとしての意地と誇りを胸に日本一を目指すJDリーグのチームに視点を移してレポートしていきます。
先にレポートした、開会式の様子と大会を “支える” 佐賀県太良町と白石町の皆さんの記事も是非読んで下さいね。