国際大会めじろおしの夏
9月1日、記憶に新しいオリンピック・東京大会(以下、東京2020)で金メダルを獲得した女子ソフトボールの国内トップリーグ “JDリーグ” が、約2ヶ月ぶりに再開しました!
プロ野球、MLB(米大リーグ)では、オールスターゲームのために中断される夏の期間は数日ほど。一方で、女子ソフトボールのリーグはどうして2ヶ月も中断されるのでしょうか?
ヒントは冒頭の “東京2020” 。夏は国際大会が様々な国で開催されるため、JDリーグに所属する日本代表の選手たちがチームを抜けてしまうからなんですね。
コロナ禍で中断されていた国際大会も。今夏は例年どおりに再開されました。日本代表のトップチームが参加した大会は以下の通り。短期間に地球一周するハードなスケジュールです。
[7/10-16] 2023 カナダカップ(カナダ・サレー)
[7/22-26] 第17回 ワールドカップ予選ラウンド(イタリア・プットリオなど)
[8/4-7] 日米対抗ソフトボール2023(日本・岩国市など)
また、10月に行われる日本最大のスポーツの祭典 “国民体育大会” 出場に向けた各地区の代表決定戦も行われるため、トップ選手たちはほとんど休み無く世界中のどこかでプレーしているのですね。
一方、これらの大会に参加しないJDリーガーと各チームにとっては、本拠地での地域貢献活動でソフトボールの人気拡大に努めながら、キャンプやオープン戦などでライバルに差を付ける絶好の機会。前半戦での課題を克服してチームが劇的に成長することも珍しくないため、前半戦の順位や個人成績に大きな影響を与える面白い対戦が続くのです。
後半戦開幕にかける地元の思い
岐阜県大垣市の大垣市北公園野球場では、後半戦開幕となる第10節、計17試合の先陣を切り唯一のナイトゲームが行われました。地元・大垣市を本拠地とする”大垣ミナモ” が、神奈川県横浜市を本拠地とする “日立サンディーバ” を迎えての一戦です。
2ヶ月ぶりの再開を心待ちにしていた皆さん。この試合に詰めかけた観客は556名となりました。その中でもいの一番に球場入りして応援の準備に取りかかっている方にお話を聞きました。
「前半戦はなかなかエンジンが掛からないミナモでしたが、地元・大垣で良いスタートが切れるように応援したいです。」と話すのは、応援団長の伊藤 雄二さんです。聞けば伊藤さん、応援団長に就かれて10年が経っているとのこと!
「2012年に地元で開催された “ぎふ清流国体” での活躍を期して創設された大垣ミナモが、ここ大垣市などを舞台に成年女子ソフトボールで5位入賞を果たしたんです。せっかく良い結果を残したソフトボールの火を消してはならないということになり活動を続け、今日に至っているんですよ。」と、国体レガシーとして10年経った今にトップリーグで活躍する大垣ミナモの歴史とその関わりを教えてくれた伊藤さん。
「JDリーグの前身、日本リーグでは2部での優勝や1部からの降格など、喜びも悔しさをチームと共にしてきました。前半戦は思うような結果は残せませんでしたが、夏の特訓を経て成長したミナモを一生懸命応援します!」と素敵な笑顔で話してくれました。
国体レガシーからトップリーグのチームが創設される珍しいバックボーンを持つ大垣ミナモ。”ぎふ清流国体” のマスコットキャラクターであるミナモがそのままチームを応援していたり、大垣市内の11ある企業に選手が属しているクラブチーム運営となっていたりと、スポーツチームの在り方に新たな風を吹き込んでいます。伊藤さんも、この11ある企業のひとつである神鋼造機にお勤めの会社員。スポーツを “する人(選手)”、“観る人(ファン)”、“支える人(運営スタッフ)” が一体となり、地域が元気になっていく大垣ミナモの活躍に注目です。
夏の手応えを成果に
6月までのJDリーグ前半戦を終了し、3勝15敗で東地区の最下位と苦しいシーズンとなっている大垣ミナモですが、前半戦最終戦となった愛媛県西予市ラウンドでは、接戦をモノにして最終戦を勝利で終えるなど、門松 浩孝監督新監督の戦術が徐々に浸透しつつあります。
大垣ミナモを率いる門松監督は、この夏に郡上市で行った合宿の手応えに期待を寄せます。「(18戦中)15敗を喫してしまいましたが、そのうちの7敗が一点差ゲーム。1点を取り切れる攻撃力、打線の繋がりで勝てた試合が多くありました。そのため、この夏は打戦の強化はもちろんですが、チャンスを確実に点に繋げるために実戦練習に比重を置いてチーム強化を図りました。」と、合宿での手応えを感じている様子。
「世界で活躍する外国人投手との対戦が多いJDリーグですので、男子選手を相手にした練習を重ね、速球や重い球にも負けずに打ち返す練習を重ねてきました。」と、今夏のチーム強化に手応えを感じているようです。
チーム最高打率(.280)の実績を挙げつつ、キャプテンとしてチームを牽引する須藤 麻里子選手も、「10日間の郡上合宿で特に力を入れたのはバッティングです。選手が個々に自らの技術向上に向けて取り組んだことはもちろんですが、実戦的な練習を重ねたことで、大事なところで点を取れるようなチームとしての攻撃力やそれに臨む精神面の強化が出来たと思います。」と話します。
「実践練習では、バッテリーの配球に対する考えを守る野手全員が理解することにより、ポジショニングや連携プレーなどをより緻密に実行して得点を与えない守備力も鍛えてきました。」と、チームを牽引する須藤選手の目にも自信が溢れます。
本拠地開幕の利を活かしたいこのラウンド。門松監督は、「ミナモの選手たちは、様々な企業でお世話になりながら活動をしています。ですから、本当に多くの関係者の皆さんが応援に来てくれるんです。それぞれの会社の方は所属選手を一様に “うちの子” と呼んで、家族のように応援してくれます。預かる身からすると、プレッシャーも大きいのですけどね(笑)。」と、教鞭を執りながら全国屈指のソフトボール部を築き上げてきた、門松監督の “責任教師” としての顔も覗ける微笑ましい話しも聞くことができました。
エースの粘りで開幕戦序盤は投手戦に
後半戦の開幕は金曜日のナイトゲームとなりました。JDリーグでは、今シーズンから月曜日のナイターを取り入れ、月曜日に比較的試合の少ないプロ野球ファンを呼び込もうと企画しています。このナイトゲーム企画が、後半戦からは金曜日にスライド開催されることとなりました。
今年は日本各地で記録的な猛暑が続き、いつもは暑さが収まるお盆を過ぎても一向に留まる気配がみられません。9月に入ったこの日も、日中は強い日差しに悩まされましたが、さすがに夜に入り少し暑さも和らいできました。
地元・大垣ミナモが迎え撃つ相手は、神奈川県横浜市を本拠地とする日立サンディーバ。JDリーグ東地区で11勝7敗の2位につけるサンディーバは、悲願の日本一に向けプレーオフ進出はもちろん、5.5ゲーム差の首位・ビックカメラ高崎ビークイーンに少しでも肉薄しようと意気込む強豪チームです。
強豪を迎えた後半戦の開幕、マウンドを託されたのはEllen ROBERTS(エレン・ロバーツ)投手。ミナモ一筋6年目、東京2020ではオーストラリア代表として活躍したミナモの大黒柱です。
エレン投手もこの夏は世界中を転戦し、その投球術に磨きをかけてきた選手。冒頭に紹介した 第17回 ワールドカップ予選ラウンドでは、オーストラリア代表としてグループステージ突破に貢献!最終戦となったイギリス代表戦では、6奪三振、被安打4の1失点完投勝利を挙げるなど抜群の成績を残し、日本に戻ってきました。
そのエレン投手の立ち上がりは圧巻。先頭の日本代表に何度も選ばれている坂本 結愛選手には、厳しく攻めて四球で出したものの、8月の日米対抗ソフトボール2023に選出され、日本代表の2番打者として活躍した続く2番の唐牛 彩名選手に送りバントさせず、ポップフライに打ち取ります。3番の山口 みどり選手、4番のHannah FLIPPEN(ハンナ・フリッペン)選手を連続三振に切って取ります。
JDリーグ前半戦で5本塁打を放ち、エレン投手と同じくアメリカ代表として第17回 ワールドカップ予選ラウンドに参加し、1位で予選を通過した今大会のMost Outstanding Playerに選出された絶好調のハンナ選手に一歩も引かない投球を見せて流れを引き寄せます。
一方のサンディーバも、キャプテン・坂本 実桜投手が抜群のコーナーワークでミナモ打線を封じます。2回に5番・伊藤 梨里花選手が両チームを通じて初のヒットをレフト前に放ち、続く6番・西野 希美選手がスラップ(左打者がバッターボックスの中で助走をつけて、バットに当たると同時に走り出す打法)気味にショートの頭をワンバウンドで越える技ありのヒットを放つなどチャンスを作りますが、連続三振を喫するなどで要所をしっかりと抑えて投手戦となりました。
中盤に先制を許すも打線が粘る
膠着状態となった4回、二巡目となったところで強打のサンディーバが主導権を握ります。
ハンナ選手、山内 早織選手と一発長打が自慢のサンディーバ打線を迎えたエレン投手。「どこからでも長打の出るサンディーバ打線には、低めを丁寧に投げるよう指示していた。」と門松監督が話していたとおり、慎重に低めに球を集めるも連続四球でピンチを迎えたエレン投手。
ひとつアウトを稼いだものの、8番の女鹿田 千紘選手に初球の速球を右中間に運ばれ、2点タイムリー二塁打を許します。強力打線に対して細心の注意を払い続けてきたエレン投手が見せた低めのコントロールを乱した一瞬を見逃さない素晴らしい攻撃でサンディーバが試合の流れを支配していきます。
直ぐに追いつきたい打線も、クリンアップが坂本投手を攻略できずに嫌な流れとなったミナモ。しかし、スイッチを入れ直したエレン投手が、サンディーバの上位打線をしっかり抑えて完全に傾きかけたサンディーバへの流れを変えようと力投します。
すると5回裏、ミナモが夏の特訓で得た”打線の繋がり” を機能させ始め、この回からマウンドに上がった、東京2020メキシコ代表の左腕・Tailor MCQILIN(テイラー・マクイリン)投手に襲いかかります。
先頭の長井 美侑選手が、チェンジアップに崩されながらもしっかりとレフトへヒットを放つと、1死2塁と得点のチャンスを作ると、門松監督が執った采配は代打起用!打席に向かったのは、高校生ルーキーの岩月 優衣選手です。
この大事な場面で、公式戦3打席目となる新人に託した門松監督は、「前半戦2打席しか立っていないのに、既にヒットは1本打っている。新人とは思えない思い切り良い打撃と、状態の良い岩月選手に期待しました。」と語っていた采配がズバリ!
門松監督の思惑取り、積極的にバットを振っていく岩月選手。外国人投手の力ある内角速球をものともせずに振り抜きライトポール際へ特大のファールをかっ飛ばす岩月選手に、球場のミナモファンはもちろん、ベンチの盛り上がりも最高潮に達します。
「良いバッターが後ろにいるので思い切っていけた。」と話した岩月選手は、2-2から速球に負けずファールで粘って3-2と打者有利のカウントまで持ち込むと、ライトのフェンス際まで高々とかっ飛ばした打球は、ライトのグラブをかすめるタイムリー3塁打!
ここでたまらず、坂本投手をリエントリーでマウンドへ上げたサンディーバでしたが、1死3塁で打席に入ったのは、キャプテンの須藤選手。スクイズ、エンドランもある同点がかかる重要な場面で、門松監督が出したサインは “打て”。
「スクイズのサインが無いので、犠牲フライを期待されていると打席に入りました。外野まで運べるコースだけを狙っていました。」と試合後に話した須藤選手は、盛り上がる応援団の声援を背に、期待通りの犠牲フライを放って試合を振り出しに戻しました。
2死無走者となり、一旦ゲームの流れが収束するかに見えたミナモ。ここから実戦練習で鍛え上げた打線が更に勢いを増していきます。続く、近本 和加子選手が三遊間抜けるかという打球を放って出塁(記録は遊失策)し、同点で終わらない気迫を見せると、続く3番・内田 小百合選手がセンターの左へライナー性の大きな打球を放ちます。何と、これがフェンスオーバー!
「なかなか上手くいかなくて3勝と悔しいシーズンとなったが、やり返したいと思い後半の開幕に臨んだ。新人の岩月選手が粘って、本当に良い打撃を見せてくれたので勢いに乗れた。」と話した内田選手のツーランホームランにより、この回4点のビッグイニングを作って逆転に成功しました。
終盤の猛攻に耐えたエースの力投
6月の本誌インタビューで、チームを信じて自分の投球に集中することを心がけていると話してくれたエレン投手は、騒然となるスタジアムの雰囲気を意に介せず6回も淡々と強力・サンディーバ打線を三者凡退に切って取ります。
最終回も2死まで冷静な投球を続けたエレン投手でしたが、簡単に終わらないのがサンディーバ打線です。あと一人となった場面で打席に入るのは、日本代表経験豊富な昨シーズンの本塁打王・坂本 結愛選手。5月15日の対デンソーでフーバー投手から右手に死球を受けて骨折した坂本選手はこの試合が3ヶ月半ぶりとなる復帰戦。縫い合わされた右手にはまだプレートが埋め込まれていて万全な状態とは言えない坂本選手が意地を見せます。死球を思い起こさせるようなインサイド中心の攻めで1-2と追い込まれながらも、エレン投手渾身の内角速球を狙い打った打球は、打った瞬間にホームランと分かるレフトポール脇への大飛球!
続く日本代表の唐牛選手も際どい球を見切って3-2からレフト前にヒット。「土壇場でスコアブックに現われないファインプレーをしてくれた。」と門松監督が絶賛した、レフト・伊藤選手の好守備がチームを救います。ツーベースと思われた打球を上手く回り込んで抑えた伊藤選手のプレーに、加漏示選手は2塁を陥れることができず。ピンチを最小限に防ぎます。
2死1塁と反撃の勢いを抑えたエレン投手は、続く3番・山口選手を遊ゴロに打ち取ってゲームセット!ミナモが地元開幕を制しました。